「世の中馬鹿が多くて疲れません?(←某20世紀の名作CMより)」
何でも、ヤナセの営業マンさんは「購入客から、洗車やゴルフ場までの運転などの雑用を頼まれる事が多」く、果ては「それがエスカレートして、家の掃除を頼」まれる事もしばしば(「ミニメイド・サービス」週刊ダイヤモンド2000年11月4日号)だそうです。

うむむ、これは、ヤナセの営業さんが、プライベートの領域にまで関われるほど顧客との強い信頼関係を構築しているという事なのでしょうか。
あるいはひょっとして、ヤナセの顧客さんって・・・



「黄色ぉ〜と〜く〜ろは勇気のシルシ(←某20世紀の名作CMより)」
(名誉毀損罪の)本罪の客体は、人の名誉である。人とは、自然人、法人、法人格のない団体を含む。団体は、その存在と活動が社会的実体をともなった単一的評価の客体となるものでなければならない。したがって、「阪神ファン」(中略)といった漠然たる集団は含まない。(「青林法学双書・刑法各論」青林書院・1995)

は、「阪神ファン」は、こうした例の筆頭にあげられるくらいアレな存在なんでしょうか。



万物の根元は数である(かも)
時に皆さん、拙作・ペルソナウェア「択一大魔王」は使っていただいていますでしょうか。
まだまだ機能やデータ量が少ないので、あまりお役には足っていないかもしれませんが、私なりには、あれでも結構苦労しているのです。
特に苦労させられたのは、やはりあれでしょう。ペルソナウェアといえば、風鈴華斬さんのとこにもあるように「可愛い娘、居ます」ですから、おねーちゃん絵を描かねばならない事(別に「ねばならない」わけではないですけど)でしょうか。
好きな人ならちょいちょいっと描けてしまうのかもしれませんが、何せ私にはそっちのスキルは無いのです。描けども描けども、どうにもバランスが悪くなってしまいます。ちっとも「可愛い娘」になりません。これはピンチです。
そこで私は、無い頭を絞って考えました。そうです。自前でバランスが取れないなら、人様の作ったバランスをパクって、いや、参考にすれば良いのです。「学ぶ」の語源は「まねぶ(真似る)」であるとも言いますしね。
さてさて、そういった用途で、おそらく一番入手しやすいデータは文部省の学校保険統計調査あたりでしょうか。しかしこれは、身体全体のバランスを取るためのデータとしては使えるかもしれませんが、それ以上の事には向いていないようです。何より、ペルソナウェアのそれはアニメ絵ですから、実際の人体のフィギュア(形態)では、どうにもうまくありません。
最近ではその手の本も数多く出版されていますから、探せばきっとアニメ絵向きの人体のバランスを記したものもあることでしょう。しかし私は、世間の目が恐くてその手の本を買う勇気がありません。
そこで、仕方が無いので、家にあるマンガ本のキャラクターに定規を当てて、プロポーション(比率)を計測してみることにしました。
で、それらの数字を基に、自分のイメージのキャラクターラインに合うように補正をかけ、組み立てた「骨組み」がこちらです。
どうでしょうか。後はここに示された点を線で結んでいけば、それなりのバランスの取れた人体フィギュアが出来るはずです。
では実際に結んでみましょう。
おおっ、結構それらしいものが出来てきたではありませんか。
理屈の上では全く当たり前の事ではあるのですが、実際に、比率の数字を羅列しただけの紙から人体フィギュアが出来てくるのを目の当たりにするのは、正直なかなかワンダーなものがあります。
「万物の根元は数である」。
なんだか、古代ギリシャの先哲の言葉に、かつ目させられてしまったような気がします。うひょー、づラボー。



ナスカの地上絵は特許の夢を見るか
・・・と、上では随分興奮しているわけですが、実のところ、そんなやり方は古代ナスカの地上絵にも見られるやり方であって、既に何千年も前から、人類にとって既知の方法であったわけです。
そんなわけですので、方法そのものには全く独創的な部分は見られないわけです。換言すれば、「ちきしょー、人の絵が描けねー。でも俺も描きてー。うひー」という方(私を含めて)には、どんどん利用していただいても何ら問題無い、ということです。もっとも、古代ナスカ人がその方法で特許を取得していたりすれば、話は別ですが。
ところで問題は、こうした「各ポイント間の比率を計り、それを基に写したポイントを線で結んでフィギュアを作る」という方法は、理論上は誰がやっても全く同じ物が作りうるわけですが、そうなると、これは参考に計測したキャラクターに関する知的所有権を侵害することにならないのか、という点です。
まぁ、特定の作家さんの特定のキャラクターのそれをそっくりそのまま写し取ったわけではないので、大丈夫だろうとは思いますが。


戻る