いつか見た夢(後編)
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「柏木君。君は豚に真珠という言葉を知っていますか?」
 披露宴の会場がどっと笑いに包まれた。
「やかましい!」
 いままで辛抱強く黙っていた新郎の耕一が、ついにキレて叫び声をあげる。しかしながら、友人代表でスピーチを引き受けた男の毒舌は止まらない。
「この世の中は不思議なものだと私は今日思いました。これほど華麗で凛と臭うような姫君が、よりによって従者のような男と結婚するとは。まさしく豚に真珠、月にスッポン。考え直すなら今ですよ、千鶴さん」
 再び会場から笑い声があがる。
 耕一はスピーチの人選ミスに苦虫を噛みつぶしながら後悔した。そんな新郎の太股に、新婦の千鶴が諭すように優しく手を置いた。皆が祝ってくれているのに、そんな顔をしてはいけませんと。
 暑い夏が終わりに近づき、秋が間近に迫った週末。鶴来屋の披露宴にて、耕一と千鶴の結婚式が盛大に催された。会場には多数の人が招かれ、料理は山海の珍味が並び、若い二人の門出を祝い、どの席でも笑顔が絶えなかった。………たった一つテーブルを除いて。
「千鶴お姉ちゃん綺麗だね」
 四姉妹の末っ子である、初音の至極真っ当な感想に、次女の梓が頷いた。
「角隠しとは良く言ったもんだね」
 皮肉の一つも言いたくなるほど、新婦である長女、千鶴は美しく、また羨ましかった。
「初音……。楓は結局来なかったね」
 梓は妹である、三女の楓が座る筈だった空席に目をやった。
「楓は、どこに行っちまったんだろう」
 初音は梓の声に何も答えず下を向いた。
 理由を知っていたから。
 初音はうつむきながら、去年の冬の出来事を思い浮かべた。


 その日は朝から雪が降っていた。
 正確には前日から振り続いていた。
 町は白一色に覆われ、どこの家も屋根の雪下ろしにおわれていた。
 サク。サク。
 ブーツが新雪を踏みしめる度、くぐもった音をたてる。
 初音は幾度となく傘に降り積もった雪を払いながら、注意深く歩を進めた。
「ここね」
 手持ちの紙に書かれた住所と建物の名前を称号すると、屋根の下に入り、コンコンと傘の雪を落とし畳んだ。
 建物の階段を滑らぬよう注意深く昇ると、ドアの並んだ廊下を一つずつ確かめながら進む。廊下といっても集合住宅によくあるように、外界に面しているため、コンクリートの床に雪が吹き込んでいた。
『柏木 楓』
 目的地の表札を見つけると、一度深呼吸をし、呼び鈴に手を伸ばした。
 ピンポーン。
 乾いた電子音鳴り響いた。
 十秒経過。
 三十秒経過。
 一分経過。
 何も変化は無かった。
 初音はもう一度呼び鈴を押してみた。
 ピンポーン。
 しばらく待ってみたがやはり返事が無い。
 留守なのかな、どうしようかなと初音が思った時、ドアの向こうから女性の声が聞こえてきた。
「どなたですか?」
 二ヶ月ぶりに聞く、姉の声だった。
「初音だよ、楓お姉ちゃん」
「初音……なの?」
 カチャリと金属音が聞こえた後、ドアが少しだけ開いた。
「初音一人だけ?」
 楓がドアの隙間から顔を出した。
「うん、一人だけだよ」
 久しぶりに見た姉の顔に初音は少し驚いた。
 頬が少し痩け、顔に血の気がなかった。
「楓お姉ちゃん、どこか具合が悪いの?」
「え……、どうして?」
「顔色良くないよ」
「うん、ちょっと風邪を引いて寝ていたから」
 よく見ると、お昼にもかかわらず、楓はパジャマ姿のままだった。
「ごめんね、寝ているところを起こしちゃって。わたし、今日はもう帰るね」
「………雪、降っているのね」
 楓は初音の肩越しに、外の景色を眺めた。
 カチャカチャ。
 楓はドアチェーンを外すと、ドアを広く開けた。
「初音、中にお入り」
「え、楓お姉ちゃん。体の具合、悪いんでしょ」
「せっかく来てくれた妹を、この雪の降る中に追い返すなんて、出来るわけないじゃない」
「でも……」
「寒いから早く入って」
「お邪魔します……」
 部屋に入ると、初音はこれ以上冷気が入り込まないよう、手早くドアを閉めた。
「散らかっているけど、ごめんね」
「いいよ、気にしないから」
 初音は嘘を口にした。
 姉の部屋が散らかっている。初音にとって、それは初めて目にする光景だった。初音の知る限り、楓は常に整理整頓を心がけていた。それが出来ていないということは、よほど体調が悪いという事に他ならない。
 楓はいくつかの雑誌や書籍を部屋の隅に片づけると、座布団を引き初音を炬燵(コタツ)に手招きした。
「初音、来るのなら電話してちょうだい」
 楓は初音の右隣に座ると、炬燵の中に足を伸ばした。
「楓お姉ちゃんの電話、コールが一回で切れるんだもん。留守番電話もついていないし」
「……そうだったわね。自分でセットしておいて忘れていたわ」
「楓お姉ちゃん。みんな心配しているよ」
 初音は楓の目を見つめながら話した。
「K市に引っ越してから、お正月も帰って来なかったし……。ここ二ヶ月全然連絡がないんだもん」
「それで、わざわざ偵察に来てくれたの?」
 楓が微笑みながら答えた。
「楓お姉ちゃん、わたし本当に心配していたんだよ!」
 初音は少し怒ったように答えた。
「本当に、本当に心配していたんだから……」
 目の端に涙が浮かんでいた。
「ごめんさい」
 楓はバツが悪そうに下を向いた。
「お願いだから、たまには電話くらいしてよ楓お姉ちゃん」
「そうね。今度からそうするわ」
「約束よ」
 楓は炬燵から手を出すと、すっと小指をたてた。
「指切りする?」
「嘘ついたら、針千本飲んでもうらね」
 小指同士が盟約の誓いをたてる為、堅く結ばれると、初音はホット一息ついた。少なくともここまで足を運んだ目的を果たすことができたから。
「そういえば初音、あなた今年受験生でしょ、大学は受かりそう?」
「なんとかなりそうだよ。センター試験も目標点は取れたし」
「そう。受かるといいわね」
 わたしは楓お姉ちゃんの言葉に、素直に頷いた。
「耕一さんと千鶴姉さんの結婚式は決まったの?」
「まだみたいだよ。婚約してから一年以上立っているのにね。それよりも、楓お姉ちゃんは何時から風邪を引いてるの?」
「一週間くらい前からかな」
「ごはん、ちゃんと食べてる?」
 初音の問いに、ゆっくりと楓は首を横に振った。
「あまり食欲ないから。果物くらいしか食べていない」
 炬燵の上には、木の籠に蜜柑がたくさん盛ってあった。
「一つ食べる?」
 初音は楓の差し出した蜜柑を受け取った。
「あ、そうだ」
 初音はごそごそと持って来たバックの中から、白いプラスチックの容器を取り出した。
「昨日ね、肉じゃがを作りすぎちゃったの。楓お姉ちゃん、食べられそうに無い?」
 容器の蓋を開けると、中身を楓に見せた。タッパの中に入ったジャガイモと牛肉から醤油の良い臭いがした。
「ぐ………」
 楓はそれを見た瞬間、素早く口に手を当てた。
「だ、大丈夫、楓お姉ちゃん」
 初音の問いに答える間もなく、楓は立ち上げると部屋の奥へと駆け込んだ。
 急ぎ容器の蓋を閉めると、初音も後を追う。
「大丈夫?」
 トイレの方から嘔吐する音が聞こえてきた。見ると、洋式便座に手を置き、顔は真っ青になっていた。
「ごめんね、楓お姉ちゃん」
 初音は姉の背中を優しくさすった。
 吐き出されるのは、オレンジ色の物ばかり。
「楓お姉ちゃん、本当に蜜柑しか食べていないの?」
 まだ吐き気が収まっていないのか、すぐに返事は帰ってこなかった。
「ここ十日ばかり、何も食べられないの」
「ごはんとかパンも?」
 楓は苦しそうに頷いた。
「果物やトマトが、なんとか食べられる程度」
「そうなんだ。楓お姉ちゃん、まるで………」
 『つわりみたい』と言おうとして、初音は口をつぐんだ。
 つわり。
 妊娠。
 まさかという思いが初音の頭を駆けめぐる。
「もう、大丈夫よ。初音」
 楓は貧血気味にフラリと立ち上がると、再び炬燵のある居間に戻った。
 初音も一緒に部屋に戻る。
 楓は先ほど剥きかけていた蜜柑を再び手にした
「何か言いたそうな顔ね、初音」
 蜜柑の皮を剥く音が、静かな部屋の中で大きく聞こえる。
「言いたいことがあれば、はっきり言ったら?」
 楓は皮を綺麗に剥き終えると、実を割り、蜜柑を一房口にした。
「楓お姉ちゃん……」
 初音は何か言いかけて、無言のまま再び下を向いた。
 それを見た楓が、くすくすと静かに笑い出した。
 初音は姉の笑い出した理由が判らず、首を傾(かし)いだ。
「やっぱり、ばれちゃった」
 楓は悪戯をした幼子のように笑った。
「何となく悪い予感はしたのよ。初音の顔を見た時」
「どういう事、楓お姉ちゃん」
「今、妊娠二ヶ月目よ」
 初音はハッと姉の顔を見つめた。
「本当に? 本当に妊娠しているの、楓お姉ちゃん」
「昨日、産婦人科に行って来たから間違いないわ」
 初音は正直耳を疑った。
 今まで、この姉が男と交際した話など一度も聞いたことがなかった。
 初音の動転した顔を見て、再び楓がくすくすと笑いだした。
「あの、楓お姉ちゃん。相手の男の人は、その、お姉ちゃんに子供が出来たの事、知っているの?」
 楓はふるふると首を横に振った。
「一人で産むつもりよ」
 さも、当たり前のように楓は言った。
「じゃあ、千鶴お姉ちゃんにも言わないの?」
「そのつもりよ。誰にも迷惑をかけるつもりはないわ。こうなると知ってやった事だし」
「本当に一人で産む気なの、楓お姉ちゃん?」
 楓は大きく首を縦に振った。
「お金なら或る程度貯蓄があるし、なんとかやっていけると思う」
「そう……」
 初音は剥いた蜜柑を口に入れた。
「ねえ、楓お姉ちゃん」
 楓は三つ目の蜜柑を取ろうとした手を止め、初音を見た。
「わたし、誰にも言わないから……。その代わり、耕一お兄ちゃんにだけは話してもいい?」
「耕一さんに?」
「耕一お兄ちゃん、ずっと楓お姉ちゃんの事、心配していたよ」
「…………」
「実はね、ここに来る途中まで、耕一お兄ちゃんの車で送ってもらったの」
「え……」
「多分、今、電話で呼べば、すぐに来てくれると思うから」
 そういうと初音はポケットの中から、携帯電話を取りだした。
「止めてっ!」
 突然、激しい口調で楓が叫んだ。
「お願いだから、耕一さんをここに呼ぶのは止めてっ!」
 バンっ!
 炬燵の上に置いてあるテーブルを楓が勢いよく叩いた。
「どうして……」
「他の人はともかく、耕一さんにだけは絶対に知らせないでっ!!」
 その声は叫びというより、悲鳴に近かった。
 姉の突然の豹変に初音は困惑した。
「まさか、楓お姉ちゃん………」
 楓は、しまったという表情を顔に出した。
「お腹の、子供は………」
 初音の問いかけに楓は無言のまま何も答えなかった。その代わり、一粒、また一粒と涙が頬を流れ落ちていった。
 静かな室内に、楓の小さく嗚咽する音が満ちていった。
 初音はすべてを悟った。
 何故姉が突然一人暮らしを始めたのか、何故連絡を途絶していたのかを。
「楓お姉ちゃん。わたし誰にも言わないよ」
 初音の頬にも一滴の涙がこぼれ落ちた。
「誰にも言わないから、もう泣かないで、楓お姉ちゃん………」
 その後、初音は楓から今までの経緯(いきさつ)を聞いた。
 姉の婚約者である耕一と、たった一度だけ過ちを犯した事。さらに、その一度だけで身籠もってしまった事。そして引っ越した後に、妊娠している事に気づいた事。すべてを聞き終えた後、誰にも話さない事を初音は誓い、その日は楓の部屋を後にした。
 楓の住んでいるアパートから少し離れた場所に、耕一が車の中で待機していた。
「初音ちゃん、楓ちゃんは元気にしていたかい?」
 雪を払いながら車に乗り込んできた初音に、耕一は心配そうに訪ねた。
「あのね、耕一お兄ちゃん。楓お姉ちゃんはね、楓お姉ちゃんはね……」
 初音は暫く迷った後、こう言った。
「……とても元気だったよ」
 この時、耕一にすべてうち明けなかった事を、初音は後になって深く後悔した。


 その日は雪も消え、梅の蕾が少しずつ膨らんでいた。
 寒かった冬も終わり、春がすぐそばまで迫っていた。
 初音はいつものように鉄の階段を昇り、ドアの前に立つと軽くノックした。
「楓お姉ちゃん入るよ」
 一言来訪を告げたると、合い鍵をポケットから取り出し、ドアノブをまわした。
「いらっしゃい。今日は随分と早いのね」
 炊事場で洗い物をしていた楓が手を止め、初音を出迎えた。
「気分はどう? 楓お姉ちゃん」
「随分と良くなったわ」
 初音が見るに、辛かったつわりが終わったのか、楓の顔色は随分と良くなっていた。
 以前に比べ胸も膨らみ、体全体が丸みを帯びていた。
「お腹大きくなった?」
「少しだけね」
「触ってもいい?」
 楓は首を縦に振ると、シャツと腹帯をめくり初音が触り易いようにお腹を出した。
「動いた?」
 お腹に手を当てながら、初音は尋ねた。
「まだ、動くのは先だと思う」
「これからもっと大きくなるんだよね」
 初音は無邪気そうに笑った。
「初音、この子の名前決めたわ」
「もう決めたの、楓お姉ちゃん」
「しずり、という名前にしようと思うの」
「ふーん、この子、しずりちゃんていうんだ」
 感慨深げに初音はお腹を撫でた。
「産まれてきたら、初音お姉ちゃんがいっぱい遊んであげるからね」
 楓は静かに微笑んだ。
「そういえば楓お姉ちゃん、結婚式の日取りがようやく決まったよ」
「何時になったの」
 楓はお腹が冷えないよう、腹帯を巻き直しながら訪ねた。
「九月のね、えーっと、確か……」
 初音は壁に掛かっているカレンダーをめくりあげた。
「この日だよ」
 初音の指した日は、既に赤ペンで丸がしてあった。
「あれ、楓お姉ちゃん、この印って何?」
「この子の出産予定日よ」
「え、結婚式と同じ日なの?」
「出産予定日といっても、予定通りに産まれることはあまりないわ」
「そう……」
 初音は何か、運命の悪戯めいたものを感じた。
「ところで初音、あなた大学の受験はどうたったの? 今年、何校か受験したんでしょ」
「あのね、楓お姉ちゃん。今年は大学に行くの止めたの」
「どうして?」
「その、行きたいところが無かったし………」
 初音はすぐにばれるような嘘を口にした。
 実は受験した大学、すべて合格していた。どの学校も昔から憧れていた大学ばかりだった。しかし、初音はすべてそれらを辞退した。他人には『もっとレベルの高い所に行きたいから』と説明した。無論本当の理由は、身重の楓お姉ちゃんを見捨てて、都会に行くことが出来ないからだった。
「そう、来年は行きたいところが見つかると良いわね」
 楓も事の成り行きを察したのか、それ以上その話題には触れなかった。
 その日は掃除洗濯をすませた後、町へ出て雑貨や食料の買い出しなどで一日が終わった。
「また、来るからね、楓お姉ちゃん」
 夕日に照らされながら、名残惜しそうに初音が別れの言葉を述べた。
 不意に、楓が初音の体を引き寄せ、優しく抱き締めた。
「ごめんね、初音。いろいろと迷惑をかけて」
「別に迷惑なんかじゃないよ。楓お姉ちゃん」
「初音。私になんか構わず、自分為に自分の好きな事をしなさい。私は耕一さんの子供を授かっただけで、満足だから」
「楓お姉ちゃん……」
「これ以上、私のために自分を犠牲にしないで……」
「違うよ楓お姉ちゃん。犠牲なんかじゃないよ。わたしは好きでしていることなんだから。だって、これからのお腹が大きくなって、子供が産まれる事を思うだけで、わたし今からドキドキしているんだよ」
 楓は何も言わず、もう一度強く抱き締めると、初音の頬にキスをした。
「また来るね」
 初音がドアを閉める時、楓は泣いているように見えた。
 そして、それが楓を見た最後の姿だった。
 一週間後、初音の元に楓から一通の封書が届いた。
 それに目を通すなり、初音は家を飛び出し、楓の住むK市に向かった。
「お姉ちゃん、楓お姉ちゃん!」
 ドアを叩いても楓の部屋からは何も返事は帰って来なかった。
 恐る恐る合い鍵を差し込み、ドアノブをまわす。
 部屋の中は、ただ畳みが引いてあるだけで、楓の姿はおろか、家具ひとつ残されてはいなかった。
「楓お姉ちゃんの、バカ〜!」
 初音は一声叫ぶと、夕日の差し込む部屋の中で、永い時間泣き続けた。


「……ね、……つね、初音」
 自分の名前を呼ばれている事に気づき、初音はハッと顔を上げた。
「どうしたの初音」
 見ると、白いドレスに身を包んだ姉の梓が心配そうに見つめていた。
「う、うん。昨日、結婚式の準備であんまり眠れなかったから」
「あたしもよ」
 そいうと、梓は大きな欠伸をした。
 千鶴と耕一の披露宴は二人の思いをよそに、恙無(つつがな)く進行していた。
 ケーキの入刀も終わり、進行役にそそのかされた新婦の千鶴が、新郎である耕一の口に白いクリームの乗ったケーキを食べさせていた。幸せいっぱいの笑顔を作りながら。
「梓お姉ちゃん」
「なぁに、初音」
「神様がこの世にいるなんて、きっと嘘だよね」
 初音は醒めた目で、新郎と新婦を見つめていた。
「だって、神様がこの世にいるなら……」
 どうしてこんなに幸せに差があるのだろ。
 初音は口から出そうになった言葉をかろうじて飲み込んだ。
 千鶴お姉ちゃんと耕一お兄ちゃんには、こんなにたくさんの人が祝福してくれているのに、楓お姉ちゃんは今頃たった一人………。
 初音はお産に苦しむ姉の事思うと、胸が張り裂けそうになった。せめて、自分だけでもそばにいてあげられなかったのかと痛切に悔やんだ。


 宴もたけなわとなり、新郎である耕一が締めの言葉を述べた。これからもよろしくご指導願いますと頭を下げると、会場の中は盛大な拍手に包まれた。
 何時までも終わらない万雷の拍手の鳴り響く中。
 初音は。
 どこか遠くで。
 赤子の泣く声を、聞いたような気がした…………。

<いつか見た夢(後編) 終わり>

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