Chasing The Rainbow 《1-1》

The Angel From Nowhere

by詠月(SELENADE)






祐一君来てくれないのか…な

ここは森の奧、ボクが学校って呼んでいた場所
でもいまは大きな大きな切り株でしかない、寒々とした場所
ううん、本当に学校だったんだよ……
つい昨日まではさ……

見つけなければ、知らなければ……ずっといられた……のかな……

あっけないほど、簡単に捜し物が見つかって
ボクにかかってた魔法が解けた

ボクは此処にいちゃいけない存在だって、思い出したから……

ちゃんとした、お別れが言いたかった
だから昨日の晩、祐一君の部屋の前まで来たんだ
でも…
こんこん、ってノックする勇気はもうボクには無かった
曇ったガラスを手で拭って、祐一君をただ見てただけ
そして聞こえてくる軽快な歌に耳を傾けてただけ…

ボクが出来たのは、
ベランダの片隅に人形を置いていくことだけ……だったんだよね

どこかで、まだ祐一君が、ボクのこと想っててくれるって
そんな甘い期待なんて、ボクは……してはいけないのかな……

いくら待っても、来ないってことは……

いいや……
祐一君の悲しい顔は見たくないし、
分からないままならそれで……うぐぅ……






……もう、日が暮れる

街に出ようかな……
祐一くんの顔だけでも見ておきたいな













ちっちゃな子を連れて買い物しているお母さんたち
パーラーのショーウィンドウ前で、
何をたべようか相談している学校帰りの女の子たち



そっかぁ
学校あったんだね、今日……
てっきり忘れてたよ……


みんな学校があって
帰る家があって



おとといまでね
あったよ、ボクにも……

とっても良い学校だったよ
いつ登校してもよくて……

校則もなくて
制服もないんだよ…好きな服で……



それが夢でも……
ボクにとってはかけがえのない場所だったよ

でも…
ボクの夢は壊れちゃった…一瞬でね



みんな……楽しそうだね
何故だか、涙がこみ上げてきたよ



「おい…」

うぐ…あぁっ! 祐一君

「あゆじゃないか?」

「お前、なんでこんな所でうろちょろしてるんだ」

見つかっちゃった……



「まあいい、帰るぞ」

「え、ええ?」

「ほおら、モタモタするなよ」



変なんだよ

いつもと違うんだ、祐一君

もしかしたら、わざとかもしれないけど…

何言っても祐一君、ボクの話聞いてくれないんだ。

話す内容も、どこかいつもとズレてて


「ところでさあ、いつそんな服買ったんだ?」

「買ってないよ、ずっとこの服のままなんだからさ」

「ずっと? 今日初めて見たそ、
 てことはそのカッコで、街ん中ねり歩いてたのか、ここ最近」

なにいってるんだろ?

「う〜ん、そうでなくても見かけ幼いんだからさ、お前は。
 危ないカッコはよしとけ」


うぐぅ…話がさっぱりかみ合わない……

でも…楽しい気分でいさせてくれるから、いいよね

あの分かれ道までは…さ



「じゃあ、ボクこっちだから」

いつもここで祐一君と別れてた
夢から覚めた今…帰る家なんかとっくに無いけど…



グイッ

え?

祐一君がボクの腕を引っ張る。

「こっちだろが、わざとらしいボケは止めろって」

ちがうよ〜、そっちは祐一君んちじゃない!
お別れしようって覚悟で来たのに
どうして、こんなときにかぎって、こんなことするの?

酷いよ〜



もしかしたら…
祐一君…ベランダのお人形を見つけてくれたのかな
思い出を取り戻して…ボクと話がしたくて…
…でも…だったら、もう少し深刻そうな顔してるよね……













ぴんぽーん

ガチャ(鍵をあける音)


「ただいま〜」

「おじゃまします」

奧から、ぱたぱたとスリッパの音、そして声。

「お帰りなさーい、祐一君!!」

名雪ちゃんの声じゃない

「買い食いなんかしてないよね、
 今日は特に腕によりをかけたんだからね〜」

秋子さんでも無いし、

……でもどっかで、聞いた声だよ、

どこでだっけ?


…そっか、もう一人住んでる子がいるって言ってたよね、祐一君

訊いてみよう

祐一君の方を向いて

「ねえ?」

あれ? なんか祐一君、怖い顔でボクを見てるよ。

これでもかってくらい目を見開いてる。

「…祐一君?……」

…?


すぐさま靴を脱いで後ろに放り出す祐一君

玄関から一気に廊下を駆けていく

ダッダッダッダッ……


奧で直角に曲がって部屋に駆け込んでった。




それから数秒もしないうち

「どわああああああああ!!!」(悲鳴…祐一君だ!)

「きゃあああああ!!」(あ、さっきの子の…)

ガッコーン!!!

何…何…?

お鍋落としたような音がしたよ!?

バタバタバタ……

あ、また出てきた。

柱に片手を引っかけて勢いよく直角に回頭して

ダダダダダ……

祐一君が玄関に突進してくる!

ズザザザッ(目の前で急停止!)



うわ、さっきより怖い顔してるぅ!!

「はは…な…何?」

前のめりになってボクの顔をまじまじ見てる

首を少し傾げながら、ボクに訊ねる

「あ…ゆ…?」

「…そうだ…よ」

……なんか血の気の引いた顔してるよ。

「………」

うつむいて……

おもむろにくるっと回って

ダダダダダダ……

また廊下を駆けてった……

「ちょっと、祐一君!!」

ちょうどそのとき、廊下から誰かが飛び出してきた。

あぶない!! 祐一君!!

ドシーン☆!

あちゃあ! ぶつかっちゃったよ!!

祐一君の体当たりを出会い頭に受けた誰かさん、
廊下の奧の壁に突き飛ばされちゃった。

「大丈夫ぅ!!」

祐一君も突っ伏したまま動かないよ…

二人の側に駆け寄るボク。(あ、もちろん土足じゃないよ)


突き飛ばされた女の子の方が心配、
祐一君をまたいで、倒れ込んでた女の子の側に行く

「ねえ、キミ大丈夫!?」

髪の毛被ってて、顔がよく見えない、
でも、名雪ちゃんでも秋子さんでもない。
エプロンを付けた、その子の背格好はボクくらい。

少し体を揺すってみると

「う…ぁ、う、うん…」

あ、ボクの顔見上げたよ

「えっと…」

「よかったぁ、大したことなかったみたいだね」

「あ、ありがとう」



上体おこして、その子、ボクの方に向いた
ばらばらの前髪を手ではらい上げたんで、
その子の顔がようやく分かった。

よく見る顔だよ…

……誰だっけ……


あれ、おかしいな?
ボク人の顔忘れることなんてないのに…



女の子の方もボクの顔をじっと見てる……

「ええと…」

女の子の方もボクのこと思い出そうとしてる見たい



「うは…うぁはははは……」

横から笑う声がした、祐一君だ
こんな時に何笑ってんだろ?
しかも、なんかイヤな声、
テレビで悪い人が笑ったときみたいな、さ

「「あのさあ、祐一君」」

女の子と声が合っちゃった

祐一君また、両目見開いてボクを見てる
おまけに指まで指しててさ……
なんなの〜



ふと横のガラス窓に目をやると、
うり二つの女の子達が
そこにに写っていた……

一人はエプロンをしてて、
もう一人は羽の生えたバッグを背負っている……

なあんだぁ!
どうも思い出せないと思っていたら
ボクの顔じゃない。

全くボクも鈍いよねぇ、
うんうん……………あ、あれぇ!?

目の前にいるのは……ボクぅ!???

「あゆ…がぁ…」

あ…祐一君…

「あゆが…二人……二人いるぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」













「…それで、この子は…」

「あゆです…見たとおり」

「で、そちらの子は…?」

「そっちもあゆです…多分…」

「双子だったのね、あゆちゃん」

秋子さんが微笑んだ。

「ボクも始めて知りました」

ボクじゃないあゆちゃんが、にこにこしながら答えてる

「なるほど…生き別れの双子か…」

「お名前は?」

「…あゆ…」

「だから、それはお前の片割れの名前だろって」

「…ボク…あゆだもん…」

「あ、もちろんボクだってあゆだよ」

「同じ名前なんですか?」

「ボクと同じなんだ…驚愕の真実だね、祐一君」

「多分違うとおもうぞ、それは」



秋子さんが帰ってきてくれてよかった…
祐一君のあの笑い声……ようやく聞かずに済むよ



横にいる名雪ちゃんはさっきから一言も喋らない
時折ボクの顔を見てはうつむく…
無理ないよね…
ボクだってまだ信じられないくらいなんだから



突然名雪ちゃんが立ち上がった

「おい、名雪?」

「シチュー…床にこぼれてるから」

「あ、ゴメンなさい!
 さっきお鍋ごとひっくり返しちゃったの、祐一君に驚かされて」

「それをまた、お前はほおっておいたのかよ…今まで」

「原因は祐一君じゃない!」

「わざとじゃないぞ、驚いて声あげちまっただけなんだからな」

あゆちゃんが名雪ちゃんに続いて、台所に向かう


「あ、ボクも手伝うよ」

「おいおい、お前が話題の中心なんだからな」



残った三人で会話を続ける

「ところで、どこから来たんだ、お前」

「うぐぅ、地元だよー」

「へえ、近くに住んでたのか、
 よく今の今まで出っくわさなかったもんだ」

会ってたよ…毎日…

「家、どこいらへんにある?」

…なんて答えたらいいんだろ……
一昨日まで確かにあったボクの家
…でも、そこは……

言葉に詰まるボクを察してか
秋子さんが別の質問を投げかけた。

「あゆちゃん、家族といっしょに住んでいるの?」

「……いいえ、ボク一人…です」

「だったら、しばらくここにいませんか?」

「は?、ちょ…秋子さん!…あの…?」

その言葉に思わず驚く祐一君。
でもボクのほうが声がでなくなるくらいあっけに取られてた…

「私の部屋の隣が空いてますから」

「え?だって…もうかなり前から、あそこは納戸代わりに…」

「あら、あの部屋に置いてある荷物、殆ど祐一さんのですよ」

「ぐぉ…」

「荷物の整理、しないといけませんよね」

にっこり笑う秋子さん

「はぁ、わかりました、部屋の片付けは俺がやります
 でも…丸1日は掛かかっちゃいますよ」

「…あら、そうですねえ…今日はもう遅いですから、明日お願いしますね。
 それで、問題は今日の泊まりのお部屋なんですけど…」

「だったら、ボクの部屋に来ればいいよ」

台所からのあゆちゃんの声だった。













「どうぞ、あゆちゃん」

部屋の前でもじもじしてたボクを招き入れるあゆちゃん

「えっと…あの、おじゃまします」

なんか、敷居をまたぐのも、ためらっちゃうよ…




勧められて柔らかそうなクッションの上に座る。

お茶菓子の載ったテーブルを挟んでボクとあゆちゃんが座っている。

人なつっこく、ボクに向かっていろいろと話しかけてくる



最初はたわいの無い話から…
これって、コミュニケーションの第一歩だよね
でも、ごめんね、ぜんぜん…話ついてけない
だってさ…

ファッション  … きたきりすずめのボクじゃ…
音楽      … うぐぅ…昔のアニメソングならなんとか…
テレビドラマ  … 知ってるドラマなんて無いもん
漫画      … 連載物、読んでないから分からないよ
お料理     … 訊かないでぇ!(ふるふる)
占い、おまじない… 無理して話題にしなくっていいんだよ、あゆちゃん(はぁ)

あゆちゃん、だんだん困ってきたみたいだった…

結局、ボクから『お互いの昔話を教えあおうよ』
なんてお題を振って、ようやく話が弾みだしたんだ。



「えぇっ、あゆちゃん、祐一君と会ってたの?」

「うん…祐一君が戻ってきたときからね…」

「戻ってきたって…あゆちゃんの所へ?」

「ううん、ここ、この街にだよ…しばらくいなかったから、祐一君」

「そんなぁ! 祐一君…ボクとずっとこの街に住んでるよ」

「…そうなんだ!」

「う〜ん、もしかしてボクが二人いるみたいに祐一君も二人いるのかな?」

「それは…違うと思うよ…
 ボクの祐一君もここに住んでいたよ」

「え、じゃあ、ここの家の場所、知ってたの?」

「うん、何度かここでご飯ごちそうになったりもしたしね」

「本当!?」

「うん…でも、あゆちゃんはいなかったよ
 ボクの知ってる祐一君も、……あゆちゃんの祐一君とはちがうみたい、
 秋子さんも名雪ちゃんもね」

「そう、不思議だね……」

ほんと不思議な話……

建物も場所も……
同じ、全然変わってない……
でも、ここには
ボクを知っている人がいない

みんなが知っているのは
目の前にいるボク
祐一君と住んでいた……ボク



「ね、あゆちゃんの祐一君ってさ、いつからこの街離れてたの?」

「ボク達が出会って一月も経たない頃……
 冬休み中ここに遊びに来てただけだったから、祐一君」

「それ…7年前のこと?」

「うん…」

「へぇ〜…じゃあ、ボクと同じだ」


祐一君と楽しく遊んだときの思い出を、ボクが披露する度
驚きの声とあいずちを打つあゆちゃん

逆にボクが忘れかけてた思い出も
あゆちゃんの一言で鮮やかに蘇る

いつのまにか、二人であの冬の日のことを思い出し合っていた。

お話は夜更けまで続いた。













お布団の中で考える…

もしかしたら…これはボクが作った幻影かもしれない…って

だって……

ちょっと前まで
ボクは半分、夢の世界にいたんだから

森のなかの学校、
仲良しの友達、
ひとりぼっちの家の中

そんなもの無いはずなのに
それでも信じていた。

そんな夢を見ていたボクの唯一の現実……祐一君、
祐一君の周りだけがボクにとって
現実といえるものだった。

それすら、夢に呑み込まれちゃったのかも……



…いいや


見れるまで見てみよう



……できることなら、


最後の一瞬まで楽しい夢であって欲しいな。




横からあゆちゃんの寝息が聞こえる

……そして…ボクも夢の世界へ

もしかしたら夢の中のそのまた夢の中へと……




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