Chasing The Rainbow 《1-2》

Get Into A Jam

by詠月(SELENADE)








ドッペルゲンガー……
クローン人間……
メイドロイド……
ネクサス6型……
鏡の世界の住人……
人間モドキ……
傀儡陣内……
実は単細胞生物で分裂増殖……


昼下がりの祐一君のお部屋…
ボクらは向かい合って座っている。
祐一君が学校から帰って来てから
もうかれこれ、1時間くらい

いろんな難しい言葉が祐一君の口から出てくる
そんな言葉を言っては
『ちがうな〜』と、腕組みをして首を少し傾げる
もう何度、同じことやってるのかな……

はぁ
帰ってきたら、掃除だから手伝えって
朝ボクに言ったのは、なんだったんだろ……

少しずつ気がそれ始めていく……
ゴメンね祐一君。

部屋の様子をぐるりと見渡す…
ボクが窓から覗いた時と変わらない

耳に意識を集中する
下の階から女の子達の声がしてる
そういや、朝から遊びに来てる子がいたんだよね。

目を閉じた祐一君の顔を見る…


じ―――


うん、同一人物間違いなし!
目の前の男の子は間違いなく祐一君


祐一君の口元が動いた。
…けど、上の空のボクは聞き逃しちゃった。

「ちょっとまってろ」

と、立ち上がった祐一君。

「えっ、うん」

生返事で返す

けたたましい音を立ててドアを閉め、
続いて階段をいそがしそうに駆け下りる音

…あぶないよ祐一君




すこしして、
祐一君が戻ってきた
手にお皿、口にお箸をくわえて…

そのお皿をボクの目の前のテーブルに置いた



「これは?」

「見て分からないか?」

「……油あげ」
三角に切られた油あげ、
どう見てもそうにしか見えないよ

「そうだ……」

「これを……?」

「食べろ…大好物だろ」

何言ってんだろ?

「ボクさっき下で食べてきたばかりだから」

「こいつが喰えないほど喰ったのか?」

「そんなことないけど……」

「じゃあ、食べてみろって」

「……そりゃ嫌いじゃないけどさ」

なんか祐一君の視線にものすごい期待を感じる……
わかったよ、食べるよ……

一口かぶりつく

「おいしーい!!」

「おぉっ! やった、とうとうとっかかりをつかんだぞ!!」

ダンダンダン

あ、だれか階段を駆け上がってくる

ガチャッ!

「ちょっと、ゆーいち!!」

女の子がお部屋に飛び込んできた。
遊びに来てた子だ
名前はたしか……

「よお、遊びに来てたのか? 真琴」

そうそう真琴ちゃんだったよね


「今さっき、あたしの前に来たじゃない!!」

「あ…? ……そーだったっけか?」

「こんのぉ!」

「そうカリカリするなって」

「するよ!!」

「待てって、いま実験をやってたところなんだよ」

「それとどういう関係があって
 あたしのうどんの具をもってくのよ!!」

「まあいいだろ、ちょうど上手い具合にあったんで徴用しただけだ」

「最後まで手付けずに残してたのに!」

「そうか、うん、それはすまないことをしたな」

「全然心がこもってないじゃない!!」

ボクの目の前で
祐一君と真琴ちゃんの言い合いが数分続いた。





「そうしたら、こいつおいしいっていったんだよ」

「秋子さんが作った特製のうどんだよ、不味いわけないじゃない」

「いいや、こいつの表情、その幸せそうな声は
 単に美味しいというだけの意味を超越している!」

「はいはい、そうですか、
 で…超越しているからどうなってるっていうのさ?」

「分からないのか、鈍いな」

「鈍くない!! 祐一のヒントの出し方が悪いんでしょ!」

「油あげといえば……ほれ、思い当たるのがいるだろ」

「……まさか……」

「そうだよ、妖狐だ!!
 ここいら近辺じゃメジャーなあの妖怪だ!」

「………」

あれ、真琴ちゃんの顔色が変わったよ

「…昔な、怪我した仔狐を家に連れてきたことがあってさ…」

「…それが、あゆの姿をして…?」

「そうそう、『貴方にあいたい』なんつーて、人間に化けてな」

祐一君、真琴ちゃんが震えてるのわかってるのかな……

「ふぅん……」

ちりん

わ! 真琴ちゃん、手を思い切り振り上げた!

ポカ!

「おい! な、何するんだよ、真琴!」

「……油あげ一つで狐呼ばわりされたらたまったものじゃないわよ!!」

「あのなあ、どうして関係無いお前から殴られなきゃならん、
 あゆが怒るってなら話は分かるがさ」

「……そうだね……」

「だろ、理不尽だと思わないか」

ちりちりん、ちりちりん

ぐうの手が、細かく震えてる……
真琴ちゃん、なんか怖いよ……

「関係無ければ……ね」













「さあて、片づけるとするか!!」

祐一君の威勢のいい声が
荷物だらけの部屋にこだまする。

「あがっ……さすがに大声出すとうずくな…」

くっきり手の痕がついたほっぺを
さすりながら部屋の中を見回す祐一君

「だったら、大声張り上げなきゃいいじゃない」

「そうだけどさ、見ろよこの量
 活でも入れにゃ、やる気わかないって」

「うん、そう…だね……」

見上げながらの声はすこしとぎれがち

さながらダンボールの迷宮に迷い込んだみたい……





「あゆはまだ帰ってきてないか」

「こっちのあゆじゃないんだよね?」

「ああそうだ」

真琴ちゃんがボクの方を向いて

「ふ〜ん……秋子さんから聞いたけど
 まるっきり同じなんだね、ちょっと信じられないよ」

「俺も信じられん、だから、妖狐だと踏んだんだがな……」

「しつこい!!」

「わかったよ、まったく……」



「しかし遅いな、
 いつもなら道草もしないで一直線の帰宅部なんだが…」

「そうそう祐一の思い通りにコトが運ぶわけないじゃない」

「しゃーない、3人でやるか」

「え〜、あたしもやらなきゃいけないの!?」

「ここまで一緒に付いてきたんだから、協力するのが当然だ」

「どういう理屈よ」

「飯にありつきたいんだろ、だったら働け」

「……はぁ、わかったわよぅ」






最初はその量に圧倒されたボクらだけど
部屋を占領していたダンボールの大部分が、
カラ箱だってことが分かって部屋の片づけは途中まで順調、順調



「お、10箱ぶりに中身入り発見!」


「名前書いてあるな……『名雪』、
 ほほう…あいつのか、こりゃ珍しいな……」

祐一君が箱を塞いでるテープに手をかけようとする

「ダメだよ祐一君、人の開けちゃ」

「え、あ、いや確かめようと思っただけだよ
 もしかしたら、俺のかもしれないし」

「いいわけ言うだけみっともないって、祐一」

「いや、ホント見覚えあるんだよ…この箱、
 昔……本入れがわりに使ってたんだ」

「まあた、口からでまかせを」

「違うって
 ほら、シールが張ってあるだろ、これ…男の子向けだよな」

箱をずらして、後ろの面をこっちに向ける
いかにも男の子むけのシール…特撮番組のヒーローやロボットとかの…
が箱の横一面にぺたぺたと張られていた。

「え、うん…確かにそうだね、
 女の子だったらこんなシール張らないよね」

「どうして片面だけにシールがこんなについてるのさ?」

たしかにそうだね…

「こいつ俺の部屋の押入れの手前にあったんだよ、
 この面が前だったから、張ったんだな」

あ、な〜るほど

「だからさ、もしかしたら間違って名前書いたのかもしれないだろ」

「そうね、名雪ならもう一寸ましな箱にするわよね」

「あんまり嬉しくないコメントだな、それは」

「見栄え悪すぎ、シールだらけの上、テープ剥がした跡もあるしさ」

「ほっとけ、ったく」

「でも開けるにしても、
 名雪ちゃんに確認してからのほうがいいと思うよ
 大切なものかもしれないしさ」

「そうかなあ」

「こーんな汚い箱に自分の大切なものを入れる物好きはまずいないとおもうけどね」

「ややこしくなるからおめーは黙ってろって」

「なによぉ、祐一のフォローしてやったんじゃないのぅ」

「そんなのフォローじゃねー!」



「あのさ…テープ剥がした跡があるってことは
 一度誰かが開いたってことだよね」

「ああ、そうだろなあ」

「で、今封してあるこのテープ、周りの箱のと違って
 案外新しいみたいなんだけど…祐一君、この箱開けた記憶ある?」

「……無い」

「だったら、祐一君のじゃなくて、やっぱり名雪ちゃんのじゃないかな?」

「う〜ん……そうか…、
 こういうものに限って掘り出し物が出てきそうで
 ちょっとばかりわくわくしてたんだが、しょうがない」

「あんまり期待しても、肩すかしくらうだけだよ、祐一」

「ちっくしょー、欲求不満だ!
 こうなったら懐かしのお宝が出るまで、掘って掘って掘りまくってやるぞ!」

始めと趣旨がだんだんずれてきたような……
なんだか心配だよ……













「食事できたよー」

奧からあゆちゃんの声



「結局、一日じゃダメだったね」

「祐一がいけないんだよ、ひっぱり出したマンガに気を取られるから」

「あ、ずるいぞ、最初お前が紐ほどいて見始めたんだろうが」

「まあまあ、二人ともさ」


空のダンボールは片づいたけど……

部屋の中はダンボールに替わって
マンガ雑誌と単行本の山……

それ以外にも
ガチャポン、ファミコン、ゲームカセット、ぼろぼろの必勝本、
ボードゲーム、作りかけのプラモデル、麻雀牌、
トランプ一山、手品師セット、「科学」のふろく
落書きだらけの教科書、後半が書いてないノート、
写真のアルバム、雛人形………

かたっぱしから引っぱり出すんだもの…
結局、片付け始めた時より散らかっちゃったよ。
今日もあゆちゃんのところにお世話にならなきゃね













「あゆ」

「「何? 祐一くん」」

「あ〜、すまん、エプロン着けてる方の」

「ボクだね」

あゆちゃんが人差し指を自分に向けた

「帰り遅かったみたいだけど、どこで道草くってたんだ」

「あ、ごめんね。
 放課後、学校であゆちゃんのこと話してたんだよ」

「こいつのことをか?」祐一君、ボクの方を向いた

「うん、でさ……北川くんがね……」






「…ちょ……ちょっとまった!」

「あら、いいじゃないですか、たのしそうで」

「明日は、部屋の片付けの続きがあるんですよ〜
 それを、パーティだなんて……」

「うぐぅ…てっきり祐一君今日中に終わらせると思ってたから……」

「……お披露目……ボクの?」

「そう、あゆちゃんがボクと勘違いされないよう、みんなに紹介しておくの」

「名雪、おまえはどうだ?」

「……この先、間違われる度に、
 同じ説明何度もし続けるよりは、いいと思うよ……」

「コレで決まりだね、祐一!」

「うむぅ……」

「それでは、明日は腕に寄りをかけてお料理しますね」

「あ、もちろんボクも手伝いますから」

「ありがと、あゆちゃん、助かるわ」

あゆちゃんて本当にお料理好きなんだ
ボクもあやかりたいな…



「いったい何人来るんだ…
 北川だろ、つまり香里もだろ、もちろん栞もだな
 ……てことは美汐もか、そうなると遙(はるか)も……」

「そうだね、北川くんも言ってたから」

「もちろんあたしも! 
 一弥達も連れてくるね!
 いいでしょ、秋子さん」

「あらもちろん大歓迎よ、真琴ちゃん」

「真琴に一弥…佐祐理さんか。
 どわぁ8人もかよ」

「え…あ…」

真琴ちゃん
祐一君に何かを言いかけてから少し困った顔
どうしてだろ?

向かいに座ってるあゆちゃんはちらちらと二人に視線を泳がしている


ちょっとした沈黙のあと
それまでじっと聞いていた名雪ちゃんが、
突然顔を上げて喋った

「……祐一、舞さん忘れてる」

「あ、ああ…そうだな、これで9人か」

「というわけですので、祐一さん、明日は早めに買い出しお願いしますね」

「……ということになるんだよなぁ、やっぱり」

「うん、力仕事はやっぱり男の子だよね」

「あ、買い物ボクも一緒に行くよ」

なにかボクも貢献しなきゃね



……それにしても
さっきのはなんだったんだろ、
あれだけ気の強い真琴ちゃんが
どうして急に黙っちゃったのかなあ……













「それじゃ、おじゃましましたあ!」

元気のいい声が玄関に響く



「おい、真琴」

「え、なにさ? あたし早く帰ってパーティのことを
 一弥達に伝えときたいんだけど」

「ああ、わかった、そっちの方は好きにしてくれ
 俺が訊きたいのは、その紙袋いっぱいに詰まっているものの中身だ……」

「あぅっ」

ちりん

後ろに手をまわして
もってた紙袋を体の後ろに隠す、真琴ちゃん。

「……俺のマンガ…だな……」

「どうせ捨てるんだったら、いいじゃない。部屋の片付けにもなるしさ」

「ふざけんじゃねー!」

「正当な報酬だよ!!」

「マンガ読んでただけだろうがよ」

「あぅ…いいじゃなーい、読み終わったら返すからさぁ」

「ったく、しょうがねえなあ、
 …その代わり明日朝から来いよ。マンガの分、手伝いだ!」

「ああんっ、わかったわよ!
 まったく自分のペースにはめるの上手いんだから、祐一はぁ」

ふふっ、この二人ってなんだか兄妹みたい…













「今晩もおせわになります」

「やだなあ、かしこまんなくってもいいよ、同じボクなんだし」

「でも…パジャマまで借りて、その上……」

「いいんだってば」

「でも、明日の服まで、用意してもらっちゃって……」

「あは、それはいいんだよ、ボクのわがままなんだから
 あゆちゃんこそ、いいのかな? あの服でさ…」

「うん、とっても可愛いよ」

お風呂はいる前に見せてくれたその服はまだ部屋に掛かっていた、
それを見ながら軽くうなずく

「そ、よかった」

にっこり笑顔を返してくれる

「そうそう これもね」

テーブルの上あったちっちゃな桐箱に手を伸ばしたあゆちゃん

「なに?」

箱を開いて見せてくれた
それは羽の形をしたブローチ
羽の軸に赤い宝石が細長く埋め込まれてる

「借りてきたんだよ、秋子さんから」

「こんな綺麗なの……大丈夫なの?」

「うん、いつもお料理手伝ってるからそのお礼にって、快く」

「そうなんだ、でも高そうだね、これ」

「うん、ボクもそう思う、
 でも最初はさ、このブローチをボクに譲ってくれるって秋子さんが言ってきたから
 驚いちゃったよ……で、それだけはなんとか断ったんだ」

はぁ秋子さんて、
どうしてこんなにやさしいんだろ…


それからの話題は
あゆちゃんと秋子さんとの共通点へと移っていった。



「お料理好きなんだよね、あゆちゃん」

「え? うん、もちろん大好きっ」

「やっぱり秋子さんから、習ったの?」

「そうだよ、秋子さんはボクのお料理お師匠さんだからね」

「ふぇぇ……」



ひとしきり、お料理の話題で
盛り上がるボクたち
失敗したときの話
新しいレシピの話
細かいところはよくわからないけど
口ぶりから、あゆちゃんのお料理に対する情熱が伝わってくる


「へえ、じゃあ秋子さん
 つきっきりであゆちゃんに教えてたんだぁ」

「うん、そうだね…
 でも、最近はあまり教えてくれないんだよ」

「それは、もう教えることなくなっちゃったんじゃないの、秋子さん?」

「ううん、どうしても教えてもらいたいものがあるんだけど…
 秋子さん、それだけは許してくれないんだ」

え、秋子さんが?
そんなこと無いと思うけどなあ

「あーぁ、あの秘伝のジャムのレシピが分かればなあ」


さっと頭の中をよぎる、あの不思議な味の記憶、
…まさかね〜〜


「あゆちゃん、知ってるかな、秋子さんジャム作りに凝っていてね……」

「は、え? う、う…ん」

とりあえず、知ってるとも知らないとも取れそうな
生返事を返しておくことにしよう、うん

でも、まさかね……

「そのうちの一つ、オレンジ色のジャムだけは特別でね
 どうしても作り方知りたいんだけど、秋子さん教えてくれないんだよ」

がくっ
その『まさか』だったよ……

「そうだ! ねえ、あゆちゃん」

「何?」

「あゆちゃんの知ってる秋子さんからさ、
 教えてもらってないかな、あのジャムのレシピ」

いっ!!

「…ううん…知らない、そんなジャム見たこともないし」

身振り手振りを交えて精一杯の否定
とりあえず、そういうことにしておこうっと

「そう……」

がっかりするあゆちゃん……

「でも、どうして、そのジャムにこだわるの?」

「そのジャムね、
 少し不思議な味なんだけど、慣れると最高に美味しいんだよ」

美味しい!?
うそ!! あのジャムが美味しいなんて、そんなぁ……

「あの…そのジャム、祐一君たちも好きなの?」

「ううん、祐一君も名雪ちゃんも、何故か避けてるみたい」

よかったぁ〜〜
一瞬、自分の味覚を疑っちゃったよ

「癖のある食べ物ってさ、最初はみんなそう
 でも、慣れていくにしたがって、病みつきになっていくものが多いんだ。
 あのオレンジ色のジャムは正にそれなんだよ」

「へえ……そ…そうなんだ……」

「そうだ!! 持ってきてあげるよ」

うぐっ!!
それだけは勘弁して!!

「ダ、ダメだよ〜、
 秋子さん大切にしてるんでしょ、許可も無しにそんな……」

「それなら大丈夫、
 秋子さんから特別に分けてもらったのがあるから」(にっこり)

「うぐぅ! どーして!?」

「『自分の舌で盗みなさい』って分けてもらったんだ」

秋子さ〜ん!!
なんて余計なことするのさっ!!

「同じボクなんだから、きっとすぐに好きになるよ」

「そ…そうかな……はは……」(か…神様ぁぁぁぁ!!)



うぐっ……
嘘なんかつかなきゃよかった……







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