Chasing The Rainbow 《1-5》

Come Up Smiling

by詠月(SELENADE)







午後のひととき
放課後前の商店街にまだ人はまばらで…

てくてくと歩きながら
右に左に、上に下に
きょろきょろと

街並みを記憶に重ね合わせていく

前にもこんなことやってたってけ…
…あの時は7年もズレてたんだよね…
ずいぶん変わってて驚いたっけ…
でも今回は一週間も経ってない

ううん、時間は関係ないよね
問題は、ここがボクの知ってるところと
違うってことなんだからさ



見渡す限り、違和感は無いね…
でも…、中身が違うかもしれないよ…
慎重にいかなくちゃ…



特に、ここは…重要…

もし、変わっていたら…
そんな想像が頭をよぎっちゃう…
でも、もしそうだったら、どうしよう…

驚愕  … だって信じられないもの、あれが無かったら
恐怖  … あれの無い生活…考えたくもないよ…
絶望  … 冬の寒さを乗り切るには無くてはいけないものなんだから
哀しみ … 二度と出会えなかったら…ボク泣いちゃうかも…

そんな気持ちがボクの足を重くして、
どうしても近くにくると、歩みが遅くなる……

勇気を出すんだ、
知らなくちゃいけないんだ
確かめなくちゃいけないんだ、ボクは……
ここが変わっていないことを……



さぁ!



「おじさん、あっつあつのたい焼き、4つちょうだいっ」

「あいよっ」






「はむはむ」

うん、いつもの味!
おいしいね〜♪
…変わってないね、すんごく安心したよっ



よおし、今日の探索終わりっ

とりあえず、なんだけどさ
たい焼きの味が変わっていないから
他のこと変わっていたとしても
多分がんばれるよボク♪

あとは…どうしよっかな…
ちらっと上を見上げると、
今日も晴天、透き通るような青い空が綺麗

「まだ祐一君の学校終わってないよね…」

思わずつぶやいたその言葉
ボクを何とも言えない気分にする

…学校…
…がっこう…

森があるはずの方向、
そっちに向かって視線を落とすと
たい焼き屋さん、おじさんの屋台が飛び込んできた

いけないいけないっ

思い切り首を振って
暗くなりそうな気分を追い払う

がさがさ

紙袋から、
二つ目のたい焼きを一つ取り出してほおばって
また街並のあちらこちらに目を向ける









しばらく道を歩いていくと…
両脇のお店もまばらになり、
少しずつ風景は開けていった

その先を進むと
そこは遊歩道……

そんなに足を運んだことはなかった…けど
確かにボクはこの景色を憶えていた…
いつも走りまわってた商店街よりも
その景色は鮮明に…

そうだね…ここには
忘れられない思い出があったんだから……



祐一君と埋めたお人形を
自分で探し回った末に見つけたんだ…
ここで…

あれからまだ1週間くらいしか経ってない…
いったい何が起こったのかな、ボクに



そういえば…
ここの天使のお人形はどうなったんだろう
そんな、疑問が湧いてくる


ううん、それ以前に
あゆちゃん、お人形埋めたのかな…


たしか…こっちの端から数えてって


いち,に、さん、し、ご…


街路樹を端から順に数えていく
徐々に歩く速度を早めて、その場所へと


にじゅうさん、にじゅうし、にじゅうご、にじゅうろく…


たったったっ…

いつのまにか走り出していた


よんじゅご、よんじゅろく、よんじゅし…


どっしーんっ!!

「きゃっ!」

すって〜ん!


しまった、誰かに体当たりしちゃった!

「ご、ごめんなさいっ!」

「あ…はい、大丈夫ですよ…あゆさん」



ふぇ…?
その声は…

「栞ちゃん!」

下を向くと、
ショールを羽織った栞ちゃんが
ボクを見上げて、まぶしいばかりの笑顔で

「はい、こんにちはですっ」



幸いなことに、栞ちゃんが倒れた場所は
誰も歩いていない新雪の上、
あまり濡れずに済んだからほんとよかったぁ



「ごめんなさいっ」

ぺこぺこと何度も頭を下げて謝る

「気になさらないで下さい」

「ううん、横向いて走ってたボクが悪いんだから」

「いいえ、私の方からあゆさんに近づいていったんです
 声かけようと思ったらもう目前で…タイミング遅すぎちゃいました。
 だから気になさらないで下さいね」

「でも体当たりしてきたのはたのボクだしさ…
 なんかお詫び出来ることでもあれば…」

「うーんと…そうですね、
 今、あゆさん暇ですか?」

「え、うん、時間はおもいっきりあるよ」

「では、しばらく私と付き合っていただけませんか?」

「そんなんでいいの!?」

「はいっ、もちろんです」



並木の遊歩道を奧に向かって
栞ちゃんとおしゃべりしながら歩いていく


「ちょっと、訊いてみたいこともありますし」

「あ、そんな深刻なことじゃないです
 ほんの興味というか…昔からの疑問があって」

「それがボクと?」

「ええ、あゆさんが解決の
 ヒントになるかもしれないって思ってます」













「どうですか?
 私のお気に入りの場所は」

「わあ、綺麗〜」


栞ちゃんに連れられて来たのは
遊歩道をしばらく歩いた先にある公園

周りを木々に囲まれた、
とっても大きな公園…

その入り口前にボクらは立っている


「こんな所があったんだ…」


「はい。しかも、この時間だと周りに誰もいません」

確かに何処にも人影なんか見えない

昨日の晩に降った雪が
誰に踏まれることもなく綺麗に地面を被い尽くしてた

「貸し切り状態です」



公園の中に入っていくと
新雪を踏みしめる音と
ボクらのおしゃべり
そしてかすかに聞こえる水の音
奧に大きな噴水が見える

「病院の帰りには必ずここに立ち寄るんです
 特に冬はひときわ綺麗なのでついつい時間を忘れてしまいます」

おひさまの光が一面の雪に反射して
眩しいくらいに光に包まれてる
その中で一カ所だけ空を映したような青さが
輝きを変えながら瞬いている



「この景色見ながらお弁当でも食べたらおいしそうだね」

「そうですね、今日はもってきてませんけど、
 休日の度お弁当もって通い詰めたこともあります」

「今日は?」

「残念ながら持ってきてません、
 自宅に立ち寄って食べちゃいましたから」

「じゃあ今、お腹空いてない?」

「はい、大分時間も経ちましたし」

「だったらさ、たい焼き食べない?」

「え? でも…わるいです」

「気にしなくていいって、たくさん買ったから」

「…では、いただきますね、ありがとうございます」

にっこり微笑む栞ちゃん



目の前にいる栞ちゃんは
ボクの知ってた栞ちゃんとどこか違う、
なんでだろ……



二人して公園中央にある噴水の縁に座る


膝の上で茶色い紙袋ををあけると
たちまち香ばしいたい焼きの香りと湯気に
ボクの顔が包まれる。

「いい香りですね」

袋に手を入れて
たい焼き二匹を釣り上げて
そのうちの一匹を栞ちゃんに渡す。

「はい、どうぞ」

「わ、あったかいです」


ほとんど同時に
二人してたい焼きをほおばる

「とってもおいしいですっ」

「うんっ、ここのは絶品だよ」

「どこのですか?」

「あのね、商店街にある…」






たい焼きを食べ終わって一段落したところで
ボクのほうから栞ちゃんに話を切り出した

「ところでさ、学校…どうしたの?」

「はい、今日は早退なんです」

「早退?」

「病院で定期検診がある日ですから」

「…栞ちゃん…どこか体悪いの?」

「はい、昔は大変でした、でも今はもう大丈夫です」

あ、また笑った




「でも、定期検診ってことはさ、まだ…」

「私の方はもう大丈夫って思っているんですけど
 お医者さんが許してくれないんです」

「凄く慎重なお医者さんなんだね」

「無理もないです、
 病気に悩まされてたころの私を知ってれば…」

「そんなひどかったんだ…」

「はい、お医者さんは、
 私がこんなに良くなるとは思って無かったみたいですね」

「ふぅん、でも良かったね〜」

「ええ、本当に」

そしてまた笑顔



そっか…
ボクの知ってる栞ちゃんと違うのは
この笑顔…
心の底からの笑顔なんだ



「あの?…あゆさん?」

「あ、はい!」

あわわっ!
一瞬、ボクの知ってる栞ちゃんのこと思い出してて
ぼ〜としちゃってたよ、ボク



「突然黙りこんだりして…なにか心配事でもあるんですか?」

「ちがうちがう」(ぷるぷると首を横に振って否定)




「えっと…あ、そうそう、
 ボクに訊きたかったことって?」

「あ、はい、そうでしたっ」

『ぱん』と両手を会わせる栞ちゃん

「あの、初めてお会いしたとき…
 あゆさん、私の名前を呼びましたよね。
 それも私のこと知っていたような口ぶりで」

「え、あれのこと…?」

「はい、とっても不思議でした」


ボクは栞ちゃんに、
ボクの知っている栞ちゃんのことを話すことにした。
もちろん一月前のあの出来事から、
さっき通った遊歩道で起こった
あの笑っちゃうような出逢いから……



「へぇー、じゃあ、あゆさんの知ってる私って
 つい最近、祐一さん達と知り合いになったんですか、
 それもあゆさんが縁で」

「うん、結果としてはね」

「よかったです、
 そのまま知り合いになれなかったら、私悲しいですから」

「あ、でも分からないよ、
 あんなことが起こらなくても
 また別の機会に知り合ったかもしれないしね」

「そうでしょうか」

「うん、いずれ巡り会ったと思う…
 運命的なものを感じたんだ、あのときにさ」

「運命的…って、あゆさんが木に体当たりされて
 私が頭から雪を被ったってことがですか?」

「それ口に出して言うと、ほとんどお笑いだよね」

「ええ、別の意味でも忘れられそうにないお話です」



噴水の縁からすくっと立ち上がる栞ちゃん
くるっとボクの方に振り返って

「ふう、一安心しました」

「栞ちゃんの名前、ボクが知ってたこと?」

「はい、実は前にもそんなことあったんです」

「ボクだけじゃないんだ」

「そうですね、だから…
 もしかして私、人にこころを覗かれてるのかもなんて思ってました」

「それはたしかに怖いね」

「ええ、凄く昔の思い出なんですけど、
 それとオーバーラップしちゃって」

「なるほどね」

「そうしたら当時の思いこみまで
 呼び寄せてしまったみたいです」




ボクが一人で納得していると
栞ちゃん、おもむろにボクに合わせていた視線を外した

見据えたのはボクが背にしている噴水…の向こう側

「ちょっと待っててください」

「ん、どうしたの?」

「お店見つけました、買いに行ってきます」

「こんなとこに?」

「はい、車で露店を開いてるんです。
 では、いってきますね」

そう言って噴水の脇を駆け抜けていく





たたたたたた

「はい、お待ちどうさまですっ」

ボクの前に差し出された栞ちゃんの手には
カップのパニラアイス……

…ここ、外なんだけど…
気温だって、さらさらの粉雪が降ってもおかしくないくらい…

「ちょっとだけ残念です、
 ディップアイスじゃなくて」

「はは……」

「でもこれもおいしいですよ」

「ね、どっかさ、あったかいところで食べない?」

「景色を見ながら食べるのもおいしいですよ、
 特にここは格別です」

ボクの手に渡される、
カップと木のスプーン



蓋をはずすと…
雪より白いバニラアイスが現れた

白一面の周りの風景にもまして真っ白なそれは、
ボクに身震いをおこさせるのに十分すぎた。

「あの、ごめんなさい、
 もうちょっと卵黄が入っているほうが
 味がしっかりして好きなんですけど、
 これしかなかったんです」

そういうこと気にしてるわけじゃないんだけど…



観念して、木のスプーンをアイスに突き立てる


ぐぐっ…

…だめっ
ぜんぜん潜っていかないよ…

そうやって何度も何度もスプーンを突き立てているうち


ぱきっ


「あれれっ」(でも、らっきーかも)

「ごめんね栞ちゃん、
 ボク本当は食べたかったんだけど、これじゃ…」

「大丈夫です」

笑顔をボクに返す栞ちゃん
でもその笑顔はさっきまでとは
ちょっとだけ違って…


「はい、どうぞ」

栞ちゃんがポッケから出したのは
…紙袋に包まれた木のスプーン


「まだ、いっぱいありますから」

「うん…、ありがと」

…笑顔って怖いよね
特に…つられて微笑んじゃったりすると…さ
“NO”なんて絶対に言えないし…


ははっ…
もう覚悟するっきゃないんだよね





ぺきっ


顔で笑って、でも心は……

「栞ちゃん、まだスペアある…かな?」

「はい、どうぞ」

…心は…複雑ぅ……



べききっ



「ごめん栞ちゃん、また……」

……うぐぅ……













結局、スプーン5本駄目にして
なんとか食べきったよ……



うう、寒い〜、
体の芯から冷えちゃったぁ!!



「ごめんなさい、無理して食べていただいて」

そう言っている栞ちゃんはとっくに2カップ完食していた…

「ううん、大丈夫、ぜんぜっん大丈夫だから」

「…あの、ごめんなさい
 ホントおかしいですよね私…」

「え?なにが?」

「冬に…それも外(おもて)でアイスなんて…」

「……」

「体が悪かったときはいいわけ出来たんですけど」

「それ、どういうことなの?」

「こんなふうに私がアイス食べたくなるのは
 体が悪かったときの癖みたいなものなんです」

そんな癖ってあるのかなぁ…

「ですから、知らず知らずのうちに
 人に勧めてたりしちゃうんです…」

「じゃあ、さっきのもそうだったんだ、
 で、今気付いたんだね」

「あ、横で何度も木のスプーンを折られているのを見ているうちに
 気付きました、ちょうど二三本目あたりを折られてしまったときです」

「あれ? じゃあどうして、
 そこで気付いててボクに勧めたの?」

「あの、それは…」

「それは?」

「それは…気付いたんですけど
 あゆさんの笑顔に気後れしてしまって…」

があ〜ん!!

なんてことだろう…
おたがいの笑顔がおたがいの過ちを
引き返せないものにしていたなんてぇ…


「あと、理由がもう一つあります…」

「それは…?」

「それでも…あゆさんなら
 食べてくれそうかなって思ったから…です」

うぐぅ…なにそれ〜〜!!













帰り道、もう日も落ちかけたころ
ボクらは商店街に向かって歩いていた

「とってもおいしいプレゼント。 ありがとうございました」

「プレゼント? たい焼きが? どーして?」

「はい、今日は私の誕生日なんです」

突然の栞ちゃんの言葉に面食らう

「えっ、そうなの!?」

「はい今日から16歳です」

「わ〜おめでとう!
 じゃあさ、お誕生日パーティやるんでしょ、今晩?」

「今日は内輪なんです
 家族だけのパーティですね」

「みんな集まらないんだ」

「はい、今回はお姉ちゃんの一声で決まりました」

「香里ちゃんの?」

「おととし、去年のパーティと続けて
 祐一さんと北川さん…お姉ちゃんとケンカしたんですよ」

「ケンカ?」

「お二人とも昨日と同じような感じだったんですが
 お姉ちゃんには面白くなかったみたいでして……」

「それで…」

「はい、
 『今年こそは宴会芸人の魔手から栞を守り通すわ!』
 『どうせ、こっちから言わなきゃ人の誕生日なんか憶えてりゃしないんだからあいつ達』
 とかなんとか言い出して、結局こうなっちゃったんです」

「そんなに嫌われてるのかな」

「嫌われてるんじゃなくて気になって仕方ないんでしょうね
 祐一さんと北川さんのことになるとお姉ちゃんはムキになりますから」

昨日みんなの前で目覚めた瞬間を思い返してみる


……
…なるほどね…

実際現場を目撃したわけじゃないから…
その分想像で補ったせいかもしれない、
かなり壮絶な様が次々に脳裏に浮かんでは消えていった

「…はぁ、祐一君も大変だね」

「北川さんなんてもっと悲惨ですよ
 お姉ちゃんと公認でありながら
 ここ一年うちの敷居を跨ぐことすら許されてないんですから」

「…じゃあさ、あゆちゃんとか名雪ちゃんとかは?」

「えっと…必ず祐一さんに感づかれてしまうということで
 お呼びしてません」

「ふうん…そうなんだ、でもそれじゃさ…」

「大丈夫です」

ボクが言いたいことを栞ちゃんが先取りして答える

「今日の午前中に
 あゆさんと名雪さんからプレゼント戴いてます
 佐祐理さんたち、美汐ちゃんたちからもです」

「みんな忘れてなかったんだね、よかった」

「はい…で、実は祐一さんと北川さんからも…」

「ホント?」

「昨日のあゆさんのパーティ後に渡されました、『明日開けて』って」

「二人とも格好いいことやるね」(ちょっと見直したよ)

「ええ、お二人ともお姉ちゃんを出し抜けたこと、凄く喜んでましたね」

「う…やっぱり」

あくまでそっちの方が主なんだね…あの二人にとっては…

「えっと…そうなんでしょうね」













栞ちゃんと別れたのは
日が傾きかけたころ



茜色に染まった商店街を散策
その景色はボクが見ていたものと全く一緒

毎日、夕暮れ時になると
必ずこの商店街をいったりきたりしてたんだよね
で、祐一君に会って、一緒に歩き回ってたね
あれ、でも、なんでだっけ…

…あ、お人形探してたんだったよ

それに、今だってお人形探してたんだよね、ここの…
探してみようかな…でも…もう今日は遅いし
また明日にしよっと



そろそろ戻ろう、
みんなも学校から帰ってるころだしね












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