Chasing The Rainbow 《2-1》

Flash Back

by詠月(SELENADE)







今日はあいにくの曇り空

低く分厚い雲がたれ込めてる

今にも落ちてきて、何もかも押しつぶしてしまいそうなくらい……



寒いね……




駅前も人通りはほとんど無くて

夕方の雑踏が嘘に思えるほど閑散としてる



時折聞こえてくるのは電車とバスの音だけ…

出てくる人も乗り込む人もほとんどいなくて

アナウンスの声だけが繰り返されていく…




ここに座って
どれくらい過ぎたかな……



お人形探しも…する必要なくなったし
やることなにもなくなっちゃった……




おや…

雪が降ってきたよ



ちらちらと降る雪
少しずつ増えていく……

どこかで…見たよ…

この景色……



空を見上げて思いを巡らす








…ボク…ここで待ってたんだ



そう……

ずっと、ずっと……

ここで待ってたんだっけ








ボクはここで座っていた……

戻ってくるはずない、君を待って……

ずっと……




駅から出てくる人の顔ばかりを確かめていた

それだけの日々

ボクに気を留めてくれる人は

…一人もいなかった…





果てしなく続くかと思われるほどの長い時間
ボクの目の前で繰り返され続ける人の波の風景……

もう二度と来てくれないかもしれない
そんなこと何度考えただろう……




それでもボクは待ち続けるしか無かった……

約束だけを信じて……















そして……

君は来てくれた……



ボクの側に……








昔だったら足も着かなかったベンチに
君は余裕をもって腰を降ろす……

ボクは…あのときのままだっていうのに…さ


何かしゃべってよ……
君の声…聴きたいよ


『うぅ〜〜、寒っ!!』


すこし低くなった声、大人に近づいてるんだね
でも、目を閉じててても分かるよ、君の声



『この街に来たのも……しばらくぶりだな……』


指折り数える君


『5,6,7……7年か……記憶も薄れるわけだ』


そっか…もうそんなに経っちゃったんだね



『前は律儀に半年に一度…必ず来てたもんなんだが…』





君がしゃべる度……君の口は白い息を吐き出す

ボクの口からは決して出ない……白い息を……






ベンチに添えた君のおっきな右手に
そっとボクは自分の左手を重ねる

でも…

君はボクに気付いてくれない
周りの人達と同じ……



君が握り返したらボクの手は包まれてしまう
それくらいボク達の手の大きさは違ってた

あたりまえだよね…
ボクはあのときのままの姿なんだから…

…ボクの時間はあのときから凍り付いて
…取り残されてしまった…

君の瞳に映ることもないんだろうね



それでも……
ボクは君に手を重ねる、
ボクがここにいることを
分かってくれなくてもいいから

覚えていてほしい……



『そういや……最後に来たとき
 地元の女の子と仲良くなったことがあったな』

あっ……



『どんな顔だっけ……、名前は……』


一気にボクの中で期待が膨らんでいく




『なにか凄く嫌なことがあったんだよな……その子と』

それは……



『嫌われたんだっけ……』

ちがうよぉ……



『う〜ん……どうも腑に落ちない
 あの子はいつもオレの側にいたんだよな』


『怒ったとこなんか見たこと無い……
 いつも悲しそうな顔してた……
 笑わせてやろうって思ってばかりいたっけ、俺』


『もしかして…オレが嫌った……とか』

そうじゃないよ……




『たしか頭に来てて、
 誰かに怒鳴りちらして非道いことしたような気も……する』

そんなことなんかしてないよ、君は
ずっと、ボクを抱きしめててくれたよ
優しい言葉をかけてくれたよ




思い出してよ……






ボクのこと……






それが……






約束だったじゃない!!






ボクとのぉ……






おもむろに空を見上げる君

そこに…



『雪、積もってるよ』



『そりゃ、2時間も待ってるからな…』

君は突然現れた女の子と話始めた

彼女はちょうど君と同い年くらい…

…何度か会話を繰り返して

女の子は手に持っていた缶コーヒーを
君に差し出した……



『わたしの名前、まだ憶えてる?』

名前なんか憶えてくれなくてもいいよ、

ボクと…一緒だったころを思い出してくれれば

だからお願い…ボクに気付いて……

お願い……





女の子の名前をとぼける君

ちょっぴりむきになる女の子



そして…
君はベンチから立ち上がり

『いくぞ、名雪』

その言葉に女の子の顔がぱっと明るくなる

『うんっ』






女の子と一緒に
君は行ってしまった……

ボクに気付くことなく……





そういえば
あの女の子…何故か振りかえってボクの方を
見つめていたっけ……







ボクはまた空を見上げる……



涙がこぼれないように……



何処までも広がる灰色の空

地面を押しつぶそうとするほど低く

その間を埋め尽くすように降る…雪…

ゆっくりと…揺らめきながら…

全てを白く塗りつぶして…



二人がいなくなってから
ボクは願いつづけた
泣きながら…

ボクを大人にして

祐一君の側にいさせてって…





「雪、積もってるよ」

え…?



灰色の背景から浮き出すように、
女の子の顔が現れた

「気付かなかった?」

「…名雪ちゃ…ん」



名雪ちゃんの手がボクの頭を軽く払ってくれる

ぱらぱらぱらぱら…

舞い散る雪の量の多さにちょっとだけ驚く

ボクは動けなかった…

さっき思い出していたあのとき
その別の続きを見ているような気がしたから













「さ、食べよ」

「うん……」


目の前にはイチゴサンデー


ここは商店街にある喫茶店
名雪ちゃんに連れられて入ったんだ

目の前にあるイチゴサンデーは
昨日までならきっと美味しかったはずなんだけど
今のボクには…味もろくに分からない…

黙々とスプーンを口に運ぶだけのボク


そんなボクを
おそろいのサンデーにスプーンをいれる度に
時折ちらちらと覗く名雪ちゃん

しばらくこんなふうな会話の無い時間が過ぎていって…
お互いのイチゴサンデーの量がそこそこ減っていったころ
名雪ちゃんが口を開いた


「…だれかと待ち合わせだった?」

首を横に振る

「ううん…ただ座ってただけ…」

「そうなんだ…」



「ところで名雪ちゃん、部活、今日休み?」

これ以上詮索されたくなかったから
ボクも名雪ちゃんに喋りかける
…でも…これって全然脈絡なんか無い話…

「ん、そうだね…
 雪も激しくなってきたから
 …今日は早仕舞いだよ」

「いつも雪だと…早いの?」

「ううん、いつもだと体育舘
 でも今日は別の部が借りてるから…」

「そうなんだ…」



こんなふうなぎこちない会話が
何度と無く始まっては消えていく



ボクの様子がいつもと違うのを知っているのからなのか
それともここの名雪ちゃんがそうなのかは知らないけど
彼女もボクの知っていた名雪ちゃんとは微妙に違ってる



異世界…なんだよ…ね
ここは…

…ううん、ここも…

元々ボクの居場所なんて無かったんだから
どこにも…

あそこで…ベンチで…
待っていた時から…



「あゆちゃん…?」


あ、いけないっ


「ごめんね、なになに?」

視線を上げて
名雪ちゃんに向き直す


「昨日…お人形見せてもらったんだよね? 
 あゆちゃんの、ほら天使さんがにこにこ笑ってる…」

それ…
なんで知ってるの、名雪ちゃん……


「あゆちゃん…あ、あなたのことだよ…、
 あゆちゃんも持ってない? あのお人形…」

思い切って訊いてみる

「ど、どうして……?」

「え、あの…
 自分と違ってるところがほとんど無いって言ってたから、あゆちゃん」

「あゆちゃんから…?」

「うんそう、朝、行きがけにね」

ボクが納得したことを確認して
名雪ちゃんは話を進める

「だとしたらそっちの祐一からも
 もらったことあったんじゃないかなって、
 思っただけ…」

昨日も驚いたけど
ホント勘よすぎだよ、名雪ちゃん


でも…これは話したくないな
誤魔化しちゃおうか…



…いいや、別に…
これ以上話が途切れがちなっちゃうよりは

それに…
名雪ちゃんにごまかしは通用しない、そんな気がするよ


「…うん、持ってたよ、同じの」

「あ、やっぱり…」

スプーンを口に持っていく
多分ボク、どこかで答えるのを躊躇っているんだ


名雪ちゃんはボクが喉をならすのを待って続ける

「ずっと大切に持ってるのかな、あゆちゃんと同じで」

ボクのイチゴサンデーはのこりわずか…
今度は答えるしかない


「…ううん、ボクの方はついこの間見つけたんだよ」

「見つけた…?」

「自分が隠しといたんだけど…場所、忘れちゃってて…」

イチゴサンデーのこり2口を続けて口に入れる、
底に溜まっていた苺のシロップが酸っぱい

「そう…」

それきり名雪ちゃんはお人形の話題には触れなかった。





「ところで…あゆちゃんの祐一ってどうだったのかな…?」

え…?

「きっと素敵な男の子なんだろうね
 こっちの祐一は…あの通りいいかげんだから…」

いいかげん…?
なんで…?
違うよ…

「そんなことない!、凄いよ…君の祐一君は…」

だって…だって…

助けてくれたじゃない
あゆちゃんを…

ボク…うらやましい…
ものすごく…

「それに…ボクの祐一君は……ボクを……」

…ボクを…忘れて…
…そのまま…



「…ごめんなさい…」

今までとは違うしゃべり方

ほんの少し陰った表情で
ボクを見つめている、名雪ちゃん

でも、その瞳から…

…涙?…

一滴だけの…

必死に何かを押さえつけてるように…
決して表情を崩さない

何で…?


初めて見た名雪ちゃんの悲しそうな顔は
昨日の夜の出来事を思い起こさせた。

悟られちゃいけないと、
必死に繕っていたあの時を…

ボクはいつの間にか名雪ちゃん方に
向くことができなくなっていた…

視線はいつのまにか窓の外…

そのままぼんやりと外の景色を眺めると
さっきまで降っていた雪はやんで代わりに
斜めから日差しがさんさんと降り注いでいた。


「雪…やんだみたいだね」

「そうだね…そろそろ出よっか?」













「今日は夕焼けになるね」

お店の外に出るなり
名雪ちゃんはそういった。
さっきの涙なんか無かった事みたいに自然に


空を見上げるとまだボクらの頭上には灰色の雲
それが西の先に行くに従ってところどころに切れ目が走り
その間から日差しが差し込んでいた。

「ついてきて…」

そういうと名雪ちゃんは歩き始めた。

家とは反対方向に向かって…












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