Chasing The Rainbow 《2-2》

Afterglow 1

by詠月(SELENADE)







進むほど周囲の明るさが失われて
そうなっていくほどに心臓がどきどきしていく

歩きながら、ボクは思っていた
どうかあそこじゃありませんようにって…





…気付いてはいたんだ…

商店街を、お家と逆に向かって延々と歩いた先
遊歩道の奧で名雪ちゃんは方向を変えたときから

踏み込んだ先は歩いてきた遊歩道と直角
でも十字路なんか無い…
鬱蒼と繁る針葉樹が生い茂る、緑と茶色の壁
そのほころび…子供なら入っていけそうなくらいの
狭い隙間…


その中に向かって
名雪ちゃんは歩き出したんだ

フードに雪が落ちようと
雪でわからなくなっていたぬかるみに足を取られようと
名雪ちゃんはお構いなしに森の中を進んでいった


『気をつけて…ほら、ここの足下に倒れた木があるから…』

『これ邪魔だけど、でも目印になってるんだ』

『ごめんね、わたしこの行き方しか知らないんだ』


名雪ちゃんの言葉に
どう答えたらいいんだろう…



でもボクよくわからない
どうして名雪ちゃんが
あそこにボクを連れて行きたがるんだろう

それよりなんで名雪ちゃんは知ってるの…?
…あゆちゃんに訊いたの?

二人だけの秘密は…?
ここ(この世界)ではもう無くなっちゃったの?


いろいろな問いが浮かんでくるそのたびに、
ボクは虫のいい答えを紡ぎ出す



…それより
今のあそこに何があるんだろう…?
だって、あそこはもう…
もう…なんにも…



目の前が少しずつ明るくなってきた。
そこに向かって、名雪ちゃんが進んでいく
多分その先が…

枝や葉の上に積もった雪に邪魔されて
はっきりと先は見えない、でも
なんとなくわかるんだ…







「ここだよ…」













…そこは空虚なはず…

光がもっと強く差し込んでくるはず…なのに…

その場所は…
柔らかい午後の光に満たされていた






ボクは見上げていた……
遙か大空に向かって

見上げた空は網の目のような
枝に被われていて
そこから少し赤みを帯びた木漏れ日が
降り注いでいた



見覚えのある景色…
いつか見たような景色…



網なす、
たくさんの枝
…その中の一本
少し太めの枝に気付いて、
それを目で辿っていく…



間違いないよ…


だっていつもボクはそこに向かって
登っていったんだから……
ボクの指定席だったんだから……



ボクたちの学校…

ここに変わらない姿で…あった





「…どうしたの、あゆちゃん
 …見慣れた景色…でしょ…?」

「…あ、う…ん」

沈んだ声が口から洩れた



「…来たことあるはずだよね」

「うん…」



木を遠巻きに眺めながら
ぐるっと周りを一周していく

さくさくさく…

森の中を歩いたのと同じ音がする

「まだ雪、残ってるんだね、ここはさ」

「うん、いつもそうだよね…この場所…」

「ううん、地面がむきだしだったよ
 日当たりがよかったからね、ボクの知ってるとこは」

「こんな森の中なのに…?」

「そうだよ、ここから綺麗に空が見えたんだ
 まるで筒の中から覗いてるみたいに夕焼けの空が…」



背の木々が壁のようにぐるっと、
周りを取り囲んで
森の奧とは思えないほど、
光で満たされてて
見上げると空が丸く切り取られて見える場所

それがボクが最後に見たこの場所の姿…



「ここより枝が少なかった…とか?」

首を振って答える

「ボクの知ってるこの木はね…」

小さな溜息をついて続けた

「もう無かったんだ…
 切り倒されてたから…」













「悪いこと訊いちゃったかな…?」

「ううん、気にしないでいいよ、
 この木が切り株になったのは…ボクが…」

言葉が続かない…

「今度は、いやなこと思い出させちゃったかな…」

「そんなことないよ…
 楽しい思い出だったんだから」

嘘じゃないよね
辛い思い出だけじゃない
楽しかったこともいっぱいあったんだから
この場所には…

「そう…なんだ…」



木に向かって
さらにボクは近づいていった。


あと数歩で木に触れるほど近い木の真下から
もう一度、あの枝を見上げる。

空はさっきより赤みを帯びていた。



そう、こんな色だったね…
この空に向かって近づいていったんだ…

…街を眺めていたのって
ちょうど今くらいの時間だったのかもしれない


「空、かなり赤くなってきたよね」


「うん、綺麗だよね…」

後ろの名雪ちゃんも
空を見上げているみたいだった。


続けて名雪ちゃんが独り言のように囁く。

「…もう、いい時間かな…」


勢いよく振り返って訊ねる。

「そうだね、ボク今日こそ
 お掃除の手伝いしなくちゃいけないし」

名雪ちゃんは
見上げてた空から、
ゆっくりとボクの方を向いて

「ううん…そうじゃなくて…
 その…あそこに向かうにはいい時間かなって…」

「あそこってどこ?…まだ行くところがあるの?
 ここが目的の場所じゃないの?」

「ううん、場所はここ…」

「じゃあ、あそこっていうのは?」

「あと二三歩、そっちに歩けばいいんだよ」

名雪ちゃんが人差し指で指した。

指さした方向はボク…
そのすぐ後ろにはもちろんこの木しかない

「ぶつかっちゃうよ…木に」

「そうだね…ぶつかる必要はないけど、
 ぎりぎりまで近づいていってくれないかな…」

言われた通りに木に向かって歩くと
二歩進んだ所で、目の前はもう木の肌しか見えなくなった。

手を伸しきらなくても木に触れられる
それくらい近い距離


「ここからどうするの?」

「触ってみて…それで連れてってもらえるはず…」

「さっぱり意味がわからないよ」

「…その資格はあるはずだよ…あゆちゃんには…」


名雪ちゃんのその声に押されるように
ボクはおずおずと手を伸ばした。





触れた木の肌の感触…
目を閉じると、たちまちのうちにそれは
ボクを懐かしい思い出に包みこんでいった。

名雪ちゃんがどうしてこんなこと勧めたのか
そんなことなんか忘れてしまうほど…













目を開けて見ると不思議と
周囲がすこし変化したような気がする。

どこがちがうんだろう…

…それに…頭がぼんやりするよ…



「ねえ、名雪ちゃん
 もう帰ろう、なんかボクちょっと、気分がさ…」



あれれ?

「…名雪ちゃん?」


きょろきょろと見回しても
名雪ちゃんは見あたらない

…木の裏手に隠れたのかなと思ったボクは
ぐるっと木の周囲を回って確かめる。

…いないよ…

そんなはず無いよ…



もしかしたら…名雪ちゃん、木の陰にいて
ボクが木の周りを動く度、ボクに合わせて動いているのかも


でも…この雪で足音無しで動くことなんて…
そんなこと、できないよね…



…あれ…?

名雪ちゃんが立っていた場所を見た。


ない…?

そこには足跡が無かった。

嘘!


思わず向かってって確かめてみると
そこはまっさらな銀色に輝くじゅうたんが広がっているだけ…


…無いよ…ていうか、さ…

…ボクの足跡も…見あたらないんだけど…

どういうことぉ!?



ガサササッ…!

枝葉をかき分けたような音
それから間髪入れずに激しい息継ぎが聞こえてきた

「はあっ…んな…はあっ…はぁっ……」



え?

後ろ!?



振り返ってみると…



そこには…



…祐一君がいた…



ここで遊んだときの姿の…



7年前と同じ姿の…





ボクが一番よく知っている祐一君



祐一君の肩が大きく上下するたび
真っ赤になってる顔から
白い息が勢いよくはきだされる



全力で走ってきたんだ…





祐一君の視線は目の前の大きな木に釘付けだった



「あ……!? ゆういちく…?」

思わず祐一君に声を掛けようとしたそのとき

別の方向から大きな声がした。


「祐一君、遅刻だよっ」


声の方向は…上から…


ええっ!??


その声って…


「遅いよ!祐一君」


上を見上げると
さっきまで何もなかったあの枝の上に
女の子がちょこんと座っていた…



「長い間、待ってたから手がかじかんじゃったよ!」



その子は白いリボンを付けていた…



「今日は最後の日だから…
 祐一君と遊べる最後の日だから楽しみにしてたのにさ」



空は真っ青…、
じゃあ、これって……


…これからおこる事は……



コゥーーーーーーーー

ザワザワザワザワ……


…風…
うぐっ…そんなぁ!!



ゆっくりと揺れ出す木たち…


ボクは思わず目を背ける



少ししてから…

トサッ トサッ

木の根本あたりに柔らかい音が響いた



あぁっ……




「っとと」

女の子の声が上から聞こえた



えっ?……




女の子は危なっかしそうに
幹に手を添えていた

視線を音のあった場所に移すと
砕けた雪の塊が敷き詰められた白の絨毯を
えぐってでこぼこにしていた…



よかったぁ



……



…でもこれって

ボクの時とは…



じゃあ、あそこに座っているのは…



「あれ? 祐一くん!? どこに行ったの?」

危なかったことも忘れて
きょろきょろとあたりを見回す女の子



いつのまにか
木の側に祐一君は近づいていた


そこはちょうど女の子の真下あたり……



「俺はここにいるぞ、あゆ」



祐一君は女の子を見上げていた





遠くから何かが近づいてくる音が聞こえてきた

その音には聞き覚えがあった…

忘れようと思っても忘れられない音

あの風が吹く直前に聞こえたうなるような…音



次だよ…この次ので…



思わずボクは駆け寄った

「危ないよぉ!!」

って二人に向かって叫びながら

でも、間に合わないことはもうわかっていた





突然大きく揺れる森の木々たち













まっさかさまに…




まっさかさまに……




女の子が…





落ちていく…









その落ちていく先には





手を精一杯に広げた





祐一君……















静寂

木たちが震え終わると
森中から音が無くなったように静かになった
まるで、はじめからなにごとも無かったように

そして
あの二人も…

白い絨毯の上で
折り重なるように横になっている二人も


ボクはといえば
その場に立ちすくんでいた
動くことも忘れて
そのありさまを見ていただけだった…



なにやってのさ…ボクは!!

何もせず呆然としていた自分に
ようやくボクは気付いた


歩き出そうとしたそのとき

女の子の白いリボンが揺れた



「ん…」

声が洩れる

続いて手がゆっくり動く
起きあがろうと地面に添えようとした手
でも、そこには地面なんかなくて……

ぐにっ

手は下敷きになっている祐一君の体に強く押し当てられていた
女の子はすぐに地面とは違うその感触に気付く

「祐一君!」

女の子が叫ぶ



「死んじゃいやぁ!!」

「こ…こんなのヤダよぉー!!」



森深くまで届きそうな叫び声。



「…あ…ゆ」

あおむけになった祐一君の唇が動いた



「ああっ!!祐一くん、祐一くん!!」

横になっている祐一君を女の子が思い切りだきすくめる

「うがはっ!…ぉい、無茶すんなってよ…」











この女の子はやっぱりあゆちゃん…

昨日、あゆちゃんから教えてもらった話
どうしてあゆちゃんがボクと違うのか…
今ボクはその瞬間に立ち会っているんだ…



女の子…あゆちゃんは
しばらく泣いて祐一君に泣いて謝り続けた
祐一君は、そんなあゆちゃんをやさしくあやす



ボクはこのかわいい二人の出来事を見ている
…ほんのちょっと離れた場所から
おたがい、見えるほど近いのに
むこうボクのことをまったく気にしてない
ううん…、ボクの方に向こうともしないんだ



声をかけることなんて出来ない
近づいて話しかけることなんて出来ない
二人の世界にボクは入れない…
あはは…おかしいよね、
同じボクなのに…
同じあゆなのに…



雪の上に座っていた二人だったけど
あゆちゃんの気持ちが落ち着いたのを見計らって
祐一君はようやく立ち上がった
続いてあゆちゃんも祐一君が差し出した手に掴まり立ち上がる



二人とも元気みたいだった…
祐一君が首に手を当ててちょっとしかめたくらいで



祐一「おっと、いけね」

祐一君がなにか見つけたようだった

二人の立っている場所のすぐ横
それは雪の上に投げ出されたリボンで結ばれた綺麗な包み…
祐一君が手に持ってたものだった

それを取ろうとしゃがむ祐一君

祐一「ぐがぁ…」

首を傾けた瞬間、祐一君の表情が歪んだ
…なんだか痛そう…

あゆ「大丈夫?」

祐一「首…頸椎かな…気にするな…
   曲げなきゃ痛みゃしない…」

そう言いながら祐一君は
手探りで包みを取ろうとした

祐一君の手は雪をすくい上げるばかり
首がそっぽを向きながらだからしょうがないんだけど

あゆ「あ、ボク拾うよ」

すかさずあゆちゃんが近づいてって
その包みを拾い上げた


あゆ「あのさ、この包み、何……?」

祐一「え、あ、それは……お前への……プレゼントだ……」

あゆ「プレゼント?」

祐一「お別れの……だったんだけどな」

あゆ「あけてもいい?」

祐一「ああ」

口に結んである赤いリボンを引っ張って、
あゆちゃんが包みを開けると
そこから出てきたのは真っ赤な…

あ、それボクのと同じ…

あゆ「…カチューシャだね、これ」


思わず自分のカチューシャに触った

…そっか、これって祐一君が
プレゼントしてくれたものだったんだ













あゆちゃんは祐一君の体を気にして、
祐一君はそんなあゆちゃんの言葉を受け流す。

そんな会話が続いて…

恥ずかしがる祐一君が
あゆちゃんから視線を外そうとしたとき


祐一「あ…」

祐一君、ボクの方を向いて
そのまま動かない

気付いてくれた、ボクのこと?

祐一「ちょっとまってな」

そういって
祐一君がボクのそばに近づいて来た。

そしてボクの目の前で足を止める。

ボク「…祐一君?」

首が辛いのか、ボクと目が合わないみたい

少ししゃがんで目線を祐一君に合わせようとしたら
何故か祐一君も体を前屈み。

丁度ボクの胸に顔を押し当てるみたいに
祐一君が頭を前に屈めた。

わ!



そしてそのまま、幼い祐一君の頭は
ボクの体をすり抜けてった。

あまりの光景に驚いてボクは動けない。

あゆ「どうしたの? また何か取る物?」

祐一「あぁいやいや、来なくていいぞ、すぐ終わるからな」



さらに身を屈める祐一君。

うぁぁ、ボクの体にどんどん祐一君がめり込んでくよぉ



背中の向こう側から痛みにこらえるような声

あゆ「ねぇ! 祐一君、無理してないー?」

祐一「…だいじょぶだ……おっ、これだこれだっとっ…」



目の前に突然祐一君の顔が現れた
上体を起こしたんだ。

どうやら駆け寄ったボクの足下近くになにかが落ちてて
それを拾い上げたみたい。
握られた右手の甲は雪で少し赤くなっていた。

祐一君は素早く右手をポケットの中にすべりこませ、
ボクの目の前で痛みにしかめた顔を普通に戻した、
それからくるりとあゆちゃんの方にむき直す。

あゆ「無茶しないでよ、取りたい物があるなら取ったげるのに」

祐一「ん〜、いや、たいしたことなかったから」

あゆ「ホント…? 取るときかなりぎこちなかったよ」

祐一「んなこ……ぐぎぎぎっ!!
   ……と…ぬわんてぬわぃぃぃぃぃぃいいい……!!」

あ〜ぁ、首なんか横に振ったもんだから…

あゆ「ほおら…まったく祐一君らしいよ」

両手でゆっくりと首をさする祐一君

祐一「ぐががぁ…笑うなって」

あゆ「笑ってなんかいないよ、
   第一、何か祐一君にあったら、
   ボク一生かけて償わなくちゃならないんだよ」

首をすこしずつ動かそうと
左手で髪の毛掴み少し引っ張りながら

祐一「…くはっ…ほぉ、そいつぁ嬉しいねぇ」

あゆ「お医者さんいこうよ、ね」

祐一「あぁ?…ん〜、まあここ出てから考えよっか」

あゆ「だめっ!、無理しちゃ」

祐一「俺は…大丈夫だよ」

右手でポケットの上をかすかに撫でながら…













あゆちゃんに急かされるようにして
二人は、ボクの目の前…
この場所から立ち去って行った。

あゆちゃんの気遣い声と祐一君の言い訳声が
しばらく森の中から聞こえてた。

遠ざかっていく二人の声を聞きながら
でも、会話に意味は全く取れない。
今の自分の状況に驚いて、
ボクの頭がぼぉっとしてたからかもしれない。


幽霊…ボクまるで幽霊なんだね、ここでは…

考えるほどに、
頭がぼんやりしていく……


…?
この感触…って
さっきの…


うわ…ぁ
目…目が回るぅ

そ、そっくり返えっちゃう!



ドサッ!




ぁ痛っ!

あれれ? 痛いや

うわっ…

空……いつの間に星が出たんだろう

起きてみると、
雪…さっきまで明るかった雪が
冷たそうな鈍い銀色に変わって
側に木の幹がそびえていた

…倒れる前と場所が違うよ



きょろきょろと周りを見回すと

木の廻りを巡るように足跡が付いていた。

そしてその足跡の先を辿ると…ボクの立っている場所



「もどって来た…んだ」

声を出したと同時に
勢い良く白い息が吐き出された。



名雪ちゃんは
一足先に帰ったみたいだった…















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