Chasing The Rainbow 《2-3》

With A Sad Voice

by詠月(SELENADE)







「ふう…
 やっと、お家に着いたよ…」

みんなに気付かれないようにしないと

無理でも笑顔を作らなくちゃ…



ドアノブを握って、思いっ切り

「ただいま〜」


「あゆさん、お帰りなさいっ」

玄関では昨日と同じく、
一弥君が本を開いて読んでいた。

廊下の片側に積み上げられた本は
朝見たときとほとんど変わりなかった。
今日は間に合ったみたい。

「ただいま、一弥君、
 遅れたけど今日は頑張るからね」

「あっ…あの、
 今日の片付けはこれで終わりみたいです」

「え?、だって、まだ終わる時間じゃないでしょ」

「今日は始まって30分で終わっちゃいましたから」

なんで?…もしかして
ボクがあんまりさぼるから祐一君が…

「それってさ、
 …祐一君が怒っちゃったからとか?」

「あっ…はい、その通りなんですけど…」

「うぐっ、ごめんなさい…
 今日もさぼっちゃって」

「え? あの、別にあゆさんが原因ってわけじゃあ…」

「違うの?」

「ええ、例によって、また祐一さんとまこちゃんが…」

「ケンカしたの?」

「そうじゃないんですけど、
 発掘したダンボールを巡って一悶着ありまして
 部屋から閉め出されたんですよ、僕ら」

「それでお部屋の片づけは…」

「はい、今日は祐一さん一人でやるそうです」

一弥君が言うには
部屋の角から引っぱり出したダンボールを
真琴ちゃんが開けようとして、言い合いになったんだって。
祐一君がいつもとはぜんぜん違う剣幕で真琴ちゃんを止めたんだけど
それで逆に真琴ちゃんがムキになっちゃって、
一弥君にもとばっちり受けちゃったみたい。

「まこちゃん調子にのりすぎました、
 うぅ明日からダメかなぁ…宝の山が…」

「まあまあ、明日になれば祐一君の機嫌も直るかもしれないしさ」

「だったらいいんですけどねー、は〜ぁ」

玄関先でしばらく一弥君を励ましていると、
スリッパの音が台所から聞こえてきた。

パタパタパタ…

「あ、あゆさんですね」



あゆ「お帰りなさい、あゆちゃん」

ボク「ただいま、あゆちゃん、夕ご飯のしたくかな?」

あゆ「うん、ちょっと今日は早めにね」

ボク「じゃあ力作なんだ」

あゆ「う〜ん、ちょっとちがうんだよ、
   今日は秋子さん仕事で遅くなるから、
   いつもより早めにしたくしてるんだ」

ボク「秋子さんいないんだ」

一弥「すいません、あゆさん、
   僕らの分だけ時間掛かっちゃっているんですよね」

あゆ「ううん、いいのいいの、名雪ちゃんも手伝ってくれてるしね
   それに、お食事って人がたくさんいたほうが楽しいんだからさ」

そっか、名雪ちゃんも夕ご飯作ってるんだ…

帰ろうとする一弥君をあゆちゃんが引き止めている横で
ボクは別のことを考えていた。













夕ご飯時
いつもより祐一君はいらついているみたい。

祐一「スパミートとは、これまたおもいきり芸の無い…
   秋子さんがいないからってこれはちょっとなあ」

あゆ「これでも2時間以上煮込んで作ったんだよ」

祐一「ほう、煮込みパスタか。
   俺は硬めが好きなんだが」

あゆ「うぐぅ、ソースをだよ…」

名雪「祐一、まだ口に付けてもいないのに…」

真琴「ついでに言えば、作ってもいないし」

祐一「うるせ、真琴、
   しかし労働の後にこれは少しがっかりさせられるぞ
   おざなりっぽくて」

一弥「それを言うなら、『なおざり』ですよ」

祐一「わーった、わーった、食べるよ、食べますよっ」

一同「「…「いっただきまーす!」…」」



一弥「おいしいですよ、やっぱり。
   レトルトとだとこうは行かないですし」

真琴「そうそう、売っているのだとケチャップぽくてしつこいよね」

あゆ「わーい、ありがと」

ボク「すっごく美味しいよ!」

名雪「うん、とっても美味しい」

あゆ「あの…祐一君、どうかな?」

祐一「ああ、たしかに不味くない味だ」

なげやりっぽく答えたね、祐一君

真琴「ほんと、そっけない答え方、
   あたしだったらひっぱたいてやりたいわよ」

祐一「…ということだ、一弥」

一弥「むぐぐっ、ふぁい?」(ほおばり中)

真琴「なんで、一弥に振るのよ!」

祐一「今と同じシチュエーションになったら
   ひっぱたかれんよう真琴を誉めてやってくれ。
   …まあ、そんな機会に永遠に遭遇することは無いと思うが」

真琴「どうしてよぅ!」



お食事時にまた始めちゃったよ、この二人
秋子さんがいないから収集が付かないし。

そして食卓のスパゲッティが減っていくに従って
話はどんどん逸れていって…


真琴「来なくていいって…
   そ、それってさ…どういう意味なのよ!」

祐一「お前がいると散らかる一方だからにきまってるだろ」

真琴「あうぅ、なによ急に!」

ボク「そんなぁ、祐一君ひどいよ」

あゆ「ちょっとそれは言いすぎだよ、祐一君」

祐一「ダンボールかたっぱしから開けたら
   いつまで経っても終わりゃしないの」

真琴「だって中見なくちゃわからないじゃない」

祐一「あれは昨日、俺がまとめたやつだって」

真琴「違う、違うよぉ!
   あれずっとあそこに埋まってたんだから」

押したり引いたりしているうち
二人の言葉は嫌悪感を雪だるま式に増やしてって、
とうとう祐一君、真琴ちゃんを部屋掃除に来なくていいって言い始めちゃった。


どうしよう…
入り込めないよ


とんとん

二人の間をきょろきょろ見てたら
後ろから指先で軽く叩かれた。

名雪「あゆちゃん、しばらく黙っててね」

小さな声でボクに耳打ちした。



名雪「祐一」

祐一「なんだよ、今とりこんでるってのに」

名雪「部屋の片付け、これからどうするの」

祐一「俺一人でやるさ、
   一弥は真琴の代わりだから無理して来る必要ないし」

真琴「何とか言ってやってよ、名雪」

名雪「だったらわたしが手伝って良い?」

祐一「お前、部活あるだろ」

名雪「休むからいいよ」

祐一「おいおいおい、
   こういうものは暇人がやればいいことだろが」

真琴「だったらあたしは暇人だっていうの!?」

一弥「まこちゃん、邪魔しないほうが」

名雪「あの部屋、わたしのものもあるから
   一緒に片付けたいだけだよ」

祐一「まてまて、俺が代わりになんとかするから、
   名雪はいつも通り部活に専念しろ」

名雪「祐一だけだとちょっと信用出来ないから」

祐一「じゃあ、お前の探しているのはどんなもんなんだ?」

名雪「ダンボール箱、わたしの名前が書いてあるはずだよ」

祐一「あ…それ、あの汚ったないダンボールだな、
   ならとっくに見つかってるよ」

真琴「祐一、何度も開けようとしたんだよ、
   あたしが見てなかったらどうなってたことやらさ」

名雪「そう、やっぱり…」

祐一「おい、疑うのかよ、やめてくれ」

名雪「あとで取りに行くよ、二階にもっていくから」

いままで素っ気無く話していた祐一君の顔が
たちまち引きつっていく

祐一「あああ、ちょっとまて!
   い、今は他の荷物の下敷きになってるんだよ」

名雪「じゃあ、やっぱり手伝うよ
   明日一日あれば十分でしょ」

祐一「いやまて、ちょっとそれは…こっちも予定がさ」

一弥「片づけが早くなるに越したこと無いと思うんですけど」

祐一「いや、だからな…あのな、ええその…なんだ…」

下を向いてもごもごし始めたよ

真琴「だからなんなのよ」

楽しそうに茶々を入れる真琴ちゃん

祐一「…さては、お前!」

突然顔を上げて名雪ちゃんに食ってかかる

名雪「何?」

平然と答える名雪ちゃん

祐一「そのダンボール箱、ろくでもないもの入れてるんだろ
   だから、見られたくなくて心配してるんだ」

真琴「またそういう訳の分からない因縁付けるんだから、祐一は
   第一何よ、そのろくでもないものってさ?」

祐一「そうだな、たとえばエッチな本とかだ」

名雪「うん、そういうのも入ってたね」



時間にしてどれくらいだろう
とにかく、しばらく食卓が水を打ったように静かになって…



一弥「…な…ななな名雪さん?」

祐一「…はぁ!?…ぁ…
   今なんか凄いことおっしゃいませんでしたか名雪さん?」

あゆ「名雪ちゃん。そ、それ…冗談だよね」

名雪「ううん、ホントだよ」

祐一「うっそでぇ、そんなわけあるかよ!」

名雪「とにかく大切なものが入ってるから人に触られたくないの」

祐一「わーった。
   じゃあ、明日、名雪が部活帰ってくる時間見計らって、
   その箱部屋の外に出しとく、それでいいか」

一弥くんの方に向きなおす祐一君

祐一「一弥、やっぱお前明日手伝ってくれ」

一弥「じゃあ、まこちゃんもですか?」

祐一「そりゃ困るっ、
   …あっ、いや、できればお前だけで」













祐一「ごちそうさん、
   それじゃ俺、もうちょい奧で片づけしてくるから」

一弥「僕はどうしましょうか」

祐一「今日はもういいぞ、明日頼む」

一弥「はぁ…」

祐一「じゃな」


ばたばたばた…!

けたたましいスリッパの音を残して
祐一君は奧の部屋に向かっていった。


一弥「何なんでしょうね、あの慌てぶり」

あゆ「ボクがお料理作る前は
   いつもと変わらなかったんだけど…
   なんであんなにげさげさしてるんだろうね」

真琴「ううん、あいつはいつだってあんな感じだわよ」

一弥「それ、まこちゃんにだけだと思う…」

真琴「う〜〜、か〜ず〜や〜」

一弥「あ、ごめんごめん、
   でも嘘言ってないよ」

真琴「はぁ、まったく…」

一弥「でも分からないんだけど、
   今日に限ってどうしてそんなムキになるのさ?
   まこちゃんも祐一さんも」

あゆ「いつもはたきあってても
   最後は無難にまとめてるよね二人って」

一弥「そうそう、大体お腹いっぱいになったら
   二人とも戦意喪失しちゃいますから」

あゆ「じゃあやっぱり…今日のお料理が失敗…」

一弥「そんなわけないです、美味しかったですよ、とっても」

真琴「あたし聞いたもん、
   祐一、マンガいっぱい見つけたの。
   だから、あいつあたしを避けてるのよ」

あゆ「マンガ? それだけであんなに祐一君ムキになってたの?」

真琴「うん、間違いないよ。
   箱開いたとき、あいつ『鉱脈大発見!』って
   小さな声でいってたのよ」、こんなふうにガッツポーズまでしてさ」

ちり〜ん

真琴ちゃんが手を思い切り引いたんで
手首の鈴がひときわ大きく鳴った。

一弥「ふうむ…マンガかどうか分からないけど
   価値のあるものであることは確かそうだね」

真琴「マンガに決まってる!
   じゃなきゃあたしだけ村八分されるわけないじゃない
   絶対、あたしに横取りされるのがイヤになったんだよ」

あゆ「うん、そうかも」

真琴「…とにかくあたし、明日も来るから」

一弥「え、それは拙いんじゃないかな」

真琴「いいじゃない、別に祐一に呼ばれなくちゃ
   この家に入れないわけじゃないでしょ」

あゆ「うん、夕ご飯もちゃんと作っておくよ」

真琴「ありがと、あゆ。感謝するわ」

一弥「でも、なんか理由があったほうが良いと思うんですが」

あゆ「だったらさ、先にここにぴろちゃんを連れてきちゃうのはどうかな?
   それであとで真琴ちゃんがぴろを探しに来たってことにしちゃうの」

ちりちりーん

真琴「それ、いただき!」



あゆちゃんと真琴ちゃんたちが話しているすぐ横で
ボクと名雪ちゃんは黙々と夕ご飯の片づけものをしていた。

カウンタースペースに食器を集め終わり
台所に廻ったところでボクは名雪ちゃんに小声で話し掛けた。


ボク「あのさ、その…さっきの祐一君との、凄かったね」

名雪「…見れたかな?」

ボク「…えっ? 
   あ、あの大きな木に触ったときのこと?」

名雪「そうだよ」

ボク「…うん、見れたよ」

名雪「そう、よかった」

ボク「あれは…名雪ちゃんも見たの?」

ゆっくりとうなずく名雪ちゃん

名雪「落ちてきたときだよね、あゆちゃんが」

今度はボクがうなずく

ボク「あれって一体…」

ボクが核心を尋ねようとしたそのとき

あゆ「あっ!、ごめんね!
   話に夢中になってて忘れてたよ」

丁度、名雪ちゃんがシンクの蛇口をひねったからかもしれない
気づいたあゆちゃんがカウンタースペース越しにボクらに声を掛けてきた。

それからまもなく台所で
あゆちゃん、それに一弥君、真琴ちゃんを加えての
食器洗い大会が始まっちゃって、
ボクは名雪ちゃんから答えを訊くことができなくなった。













再び話すことができたのは、おふろから上がって、
歯を磨いて洗面所から出てきたとき、
名雪ちゃんはボクを待っていたみたいだった。


「祐一君、ずっと見かけないけど
 まだ片付けものしてるのかな」

「さっきも奥の部屋がうるさかったからまだやってるみたい」

声を張り上げて祐一君を呼んでみる。

「祐一くーん、おふろ入らなくていいのー?」

なにか荷物を降ろしたような音がして
ちょっとしてから祐一君の声が聞こえた。

「…おーう、あともうちょっとで終わるから、先に入っててくれー」

「もうとっくにみんな入ったよ、あとは祐一だけだよ」

「わかったー、すぐ終わるからなー」



「ダメみたい、おかあさんが返ってくるまでやめなさそう…」

「お片付け、手伝ったほうがいいかな」

「やめといたほうがいいよ、誰も近づくなって言ってたし」

「でも、ボクのためにやってくれてることだから」

「今日のは多分、ううん間違いなく別だよ。
 掃除なんかしてないから、絶対に」

「…そうなの?」

「さ、もう上がろ、湯冷めしちゃうよ」

「うん…」


名雪ちゃんに急かされるように
ボクら二人は階段に向かった。


「でも名雪ちゃん、どうしてわかるの?
 祐一君が掃除してないって」

「祐一、隠してる真っ最中なんだと思うよ」

「隠してるって、何を?」

「…エッチな本」

「ええっ?」

階段の途中で止まり
思わず後ろの名雪ちゃんの方を向く。

「あの狼狽ぶり見ればね…
 一時期、祐一の部屋でしょっちゅう見かけたし…
 まあ、男の子だから…しょうがないんだろうけど」

ふえぇぇ…
祐一君…あゆちゃんの為にあれほどのことしてくれたのに…
幻滅しちゃうよっ

「はぁ…それで、名雪ちゃんあんな嘘付いたんだね
 祐一君、慌てさせる為」

ため息まじりに下をうつむきながら
また階段を上がり始めるボク

「嘘って? わたし何か口走ったかな?」

「いやだから…そのぉ…
 名雪ちゃんの荷物の中にエッチな本があるって…」

「たしかそんなものもあったと思ったよ」

「えええっ!!?」

もういちど振り返える、
でも思いっきり振り返ったものだから
ボクはバランスを崩して…

「…と…あわわっ!!」

間一髪、後ろから名雪ちゃんが
ボクを支えてくれた。

「危ないよ、あゆちゃん、
 上にあがってから話そうよ」






名雪ちゃんのお部屋に泊まることになっているボクは
早速部屋に入れてもらった。

前にも…これはボクの世界でのことだけど…
この部屋に何日か泊めてもらったことあった、
だからボクはてってきり同じ部屋だと思い込んでいた。
そしたら…

「うわぁ…!」

部屋に入ってボクは思わず声を上げちゃった。
あまりの違いに…

名雪ちゃんの部屋は
ぬいぐるみでいっぱいだった。

「驚いちゃったかな?」

「うん、凄いよ」

本棚の上に、ベッドの上に、机の脇に、
部屋をぐるりとぬいぐるみ達が取り囲んでいた。

「初めて入る人はみんなびっくりしちゃうんだ」

「これみんな、名雪ちゃんの?」

もこもこしててぎゅっと抱きしめたくなるようなおっきなぬいぐるみ
ふわふわしてて撫でまわしてみたくなっちゃうちっちゃなぬいぐるみ
一体いくつあるんだろう…

「うん、そうだよ。
 少しずつ買い足していったんだ」

置かれたベッド、勉強机、卓机、それに本棚の配置まで
ボクの知っていた名雪ちゃんとまるっきり同じなんだけど
ここまで人形があると全く違った印象に見えちゃうよ。

「子供っぽいかな?」

「ううん、そんなことないよ
 凄いよ、うらやましくなっちゃう」

ベッドの上のひときわ大きいくまさんのぬいぐるみを見ながら
ボクが答える。

「そう、じゃ」

名雪ちゃんはボクが見ていたそのぬいぐるみを
ボクの前まで持ってきた。

「この子はクマゴローって言うの」

それからしばらく名雪ちゃんは、
お気に入りのぬいぐるみを入れ替わり立ち替わりつれてきては
名前を紹介してからボクに好きに触らせてくれた。

ボクも誘われるがままに
かわいいかわいいぬいぐるみさんを抱きしめまくった。

うわぁ〜い!、ふわふわのもこもこ〜!

名雪ちゃん、こんなことしてたら
ボク癖になっちゃうよ〜













「…もういいかな、あゆちゃん」

「え、あっ、うん」

はっと、我に返ったボクは、あわてて
ほお擦りしてたペケペケちゃん(たぬきのぬいぐるみ)から
離れて名雪ちゃんの方に向きなおした。

「う、うん、もう十分だよ、ありがとうね」

名雪ちゃんはベッドの上に座っていた、
ボクの正面、名雪ちゃんが座っていたテーブルの前は
特大ぬいぐるみのモグタンちゃん(もぐら)に占領されていた。

いつのまにかボクはぬいぐるみさんたちに周りを囲まれていた。

「無理しないでもいいよ、
 明日も抱きしめさせてあげるから」

名雪ちゃんにはすっかり見透かされていたボクだった。

ぬいぐるみさんたちをとりあえず、
名雪ちゃんのベッドの上に避難させて
またボクらは向かい合って座る。

「さてと…、どこまで話したっけ?」

「どこまでって…ええと…?」


大きな木のことだと思うんだけど、
もしかしたら…エッチな本の話とか…

「その…今日あゆちゃんが見た…」

「あ、台所での話の続きだね、よかった〜」

最後の言葉が口からおもわず飛び出すやいなや
名雪ちゃんが少しだけ意地悪そうな顔をした。

「うん、エッチな本の話じゃないよ」

「うぐぅ!」

「冗談はここまでにするよ
 …訊きたいこと…あるんだよね」

「無いわけないよ、
 誰だって説明ほしくなっちゃうよ、
 あんなこと目の前で起こればさ…」

「そうだよね、
 わたしも初めてのぞいたときには驚いたもの」

「あれってさ、その…祐一君があゆちゃんを助けた時の…なんだよね」

「そう、丁度7年前、
 あの木の下で繰り広げられた光景だよ。」

名雪ちゃんは教えてくれた。
あの光景は大きな木の中に蓄えられた数多く光景の一つでしかなく
そして、なぜか夕焼けの時にしか見れないということを。

名雪ちゃんが教えてくれるお話にボクは心底驚きながらも
あの光景を見せられたボクはその言葉を信じるしかなかった。

でもそれとは別に、ある疑問がボクの中に湧いてきた。
一通り話し終わった名雪ちゃんに向かってボクはその疑問を投げかける。

「…でも、どうして名雪ちゃん、ボクに見せてくれたの?」

名雪ちゃんの眉がぴくりと動いたのをボクは見逃さなかった。

「あれってさ、その、あの二人の大切な思い出じゃない?
 ボクが見たって…あまり…ううん、ぜんぜん意味なんかないんじゃない?」

「…意味はあるよ、見れたんだから」

「見れた?、見れない人っているの?」

「あゆちゃんを入れて、
 あれが見ることが出来たのは三人だけだなんだよ」

「え?、ボクと名雪ちゃんで二人だから、四人じゃない?」

「…それはこっちのあゆちゃんと、祐一を入れてってことかな?」

こくんとうなずく

名雪ちゃんは、『ふう』とため息をして

「…今の二人には見えないんだよ、あの光景は」

「え、それ変だよ
 だって、当事者じゃない!?」

「二人ともあの木の前に連れて行ったことあるんだよ、二人とも別々にだけどね。
 何度も試してもらったけど、見れなかったんだよ」

分からない、どうしてなんだろう、
関係ないボクに見れて、どうして二人には見えないの?

困惑し続けるボクの顔を見てとったのか
名雪ちゃんが続けた。

「多分…あまり意味がないからだよ、あの二人にとってはね」

その謎めいた言葉の意味をボクがいくら訊ねても
名雪ちゃんははっきりとは教えてくれなかった、
その代わり名雪ちゃんは別の重要なことを教えてくれた。
でもそれは…すごく悲しそうな声で…



『夕焼けになればまた違う7年前の光景が見れるよ、
 その次の夕焼けの日にはまたまた違う7年前の光景が…
 それをみんな見終わったとき…その時、あゆちゃんも分かると思う…』



気まずい沈黙がしばらく続いていたら
ドアからノックする音、続いてあゆちゃんの声が聞こえてきた。

「あゆちゃ〜ん、お布団持ってこようか?」

あ…そうだった、
あゆちゃんのとこにあるボクのお布団を
移さなくちゃいけないんだった。忘れてたよ。

「ごめんねー、今取りに行くから待って」

「うん、わかったよ」

「じゃあ、名雪ちゃん、
 ボクお布団取りに行ってくるね」

名雪ちゃんがうなずいたのを確認して
ボクはお布団を取りに行った。



もう遅いし、
今日のところはとりあえず、
この話はこれで終わりにしよう。
明日も、あさってもここにいられるんだし…



お布団を持って名雪ちゃんの部屋を
入ったときには、名雪ちゃんは
テーブルもクッションも片付け終わっていて
あれだけたくさんいたぬいぐるみさんたちもベッドの上から
自分たちのねどこに戻っていた。













「あゆちゃん…寝ちゃった…?」

お布団に入って
しばらくして名雪ちゃんがささやき声で
ボクに話しかけてきた。

「ん、まだ起きてるよ。何?」

「今日のあの木のことなんだけど、
 ごめんなさい、その、帰り道、一人ぼっちにしちゃって、
 わたしから誘ったことなのに…」

「え、うん、いいんだよ。ボク別に気にしてないからさ。
 それに名雪ちゃん、用事あったんでしょ。
 ほら、今日さ、秋子さんいないから代わりにお買い物とか…」

「…してないよ、
 あゆちゃんが目覚めるの確かめてから…帰ったんだ…から…」

「なあんだ、だったら一緒に帰れたんだね」

「本当にごめんなさい…
 あゆちゃんが戻ってきたときに
 なんて言っていいか分からなくって…」

「ううん、ホント気にしないでね、
 それよりずっとボクの傍にいてくれてたんだだから嬉しいよ」

「…ありがとう、あゆちゃん」


ぼんやりと天井を見ながらボクは考える

名雪ちゃん、繊細だよね…

喫茶店でも…ボクの気持ちを察してくれてたんだよね
そうでないとあの涙の理由が分からないし。

…そんな名雪ちゃんが
ボクにあえてあの光景を見せた理由って…
何なんだろう…


…明日も行ってみようかな、あの木の前に…


ふっと、祐一君があゆちゃんを受け止めようとした光景が浮かんだ。
あの木の真下で、手を精一杯に広げた祐一君を…


ボクはその光景から目を逸らそうとおもわず横を向いた、
心から目を逸らすことなんか出来るわけもないのに…


でも…あんな素敵な祐一君を見るのは…すごく辛いよ…

ボク…どうしたらいいんだろう…












進む

戻る

インデックスに戻る


感想メールはこちらに→eigetsu@diana.dti.ne.jp