Chasing The Rainbow 《2-4》

Where Are You Come From ?

by詠月(SELENADE)




















ずっし〜ん!



…ん、何…?
今の…
なんか凄い音がしたみたいだけど

耳を澄ましてみる

何の音もしない…
聞こえるのは、すーすーという誰かさんの寝息だけ

そうそう、ボク寝てたんだっけ…
で、今さっき音がしたんで目が覚めたんだ。

夢の中…で音がしたのかな…
でもだったら…どうしてその夢を思い出せないんだろう
…いまの音で、全部飛んじゃったのかな

ところで隣で寝てる人って誰だっけ…

…そうだ、名雪ちゃんだよ

…ようやく今の状況が分かるくらいにはなったみたい、
まだ凄く眠たいけど…

寝なおすため
枕からすこし頭を動かす。

冷たっ…

…ボク今日もまた泣き寝入りしちゃったんだ…

何が悲しくって泣いてたのか
まだぼんやりしていて思い出せなかった
でもこれがきっかけになって
悲しいこと思い出すのやだな、
寝なくちゃ…



あ…れ…なんだろ…?

横を向いたボクの鼻先に
なにかやわらかいものがかすった
お布団じゃない、まくらでもない

なんだろ、コレ?

触ってみるとそれは、ふわふわもこもこ…

ぬいぐるみだ…

丸くっておっきなしっぽがあるみたい



むぎゅ

思わず抱きしめちゃった。

……

盗んだんじゃないよ、
このぬいぐるみさんがボクのところに来たんだから

いいよね、今晩だけは…
この子を抱きしめて、眠っても…













「じゃ10時になったらおかあさんに
 カーテン開けてもらうように伝えておくよ」

「……」

「ねえ、聞こえてるかな、あゆちゃん」

「…うん…」(鼻から抜けたような声、ほとんど「んー」としか聞き取れない)

「あと、そのぬいぐるみだけど…」

「…うん…」(同上)

「気に入っちゃったかな…?」

「…うん…」(同上)

「そ、そう…
 その子、触り心地はたしかにいいけど…でもやっぱり…」

「…うん…」(同上)

コンコン

「名雪ちゃん、学校遅れちゃうよ〜」

「うん、わかった、今降りるから」

「じゃ、行ってきます、あゆちゃん」

「…うん、いってらっしゃい…」(同上、「いってらっふぁーい」としか聞き取れない)


カチャ…パタン













シャッ、シャッ

…うわ、まぶしい!

「目が覚めましたか? あゆちゃん」

「…ふぇ?
 あ、秋子さん…今、何時?」

「今、10時ですよ」

そっか、もうそんな時間なんだ

「んーっ…ん!」(布団の中で大きく背伸び〜〜〜)

「名雪から『10時に起こしてあげて』と
 頼まれたんですが、もうちょっと後にしますか?」

「ううん、大丈夫です、ボク目覚めましたから」

「それでは先に下で朝食の仕度をしてきますね」

「は〜い」

よーし、起きなくっちゃ

……

あれれ、なんで顔にに手が届かないんだろ?

ボクの手と顔の間になにか挟まってる
なんだろ…やわらかい…パイル地のタオルを丸めたような感じだよ

目を開けてみるとそこには…

頭の大きさほどもある深緑色のふくらみ…
周囲には灰色の斑点がまぶされてて…
真ん中近くにはぎょろりとした黒い目が二つ…ボクを睨み返していた。

「うぐっ、うわわっーー!!」













「それはそれは大変でしたね」

半笑いしながら秋子さんが
ボクの前に入れたてのお茶をもってくる。

「そんなに笑わないでよ、秋子さん」

「ごめんなさい、てっきり好きで抱きしめていたと思ってましたから」

バツが悪くなったボクが横を向くと
今ボクらが話題にしてる張本人が
横の椅子にちょこんと座っていた。

「それにしてもすごいぬいぐるみさんだよね…この子って」

「でもこうやって見ると、なかなか愛嬌がありますよ」

「そうだけど、突然目の前に現れたから驚いちゃって」

「ええ、わかります」

「それに…昨日の晩、名雪ちゃんからぬいぐるみさんを
 いっぱい紹介されてたんだけど、この子は紹介されなかったから」

「名雪はぬいぐるみをたくさんあつめていますから、
 一日では紹介しきれなかったのかもしれませんね」

「うん、たしかにすごい数だったよ、
 たぬきさんとか、もぐらさんとか、うさぎさんもいたし、ねこさん、くまさん…」

昨日名雪ちゃんに紹介されたぬいぐるみさんを思い浮かべているうち
ちょっとした疑問がボクの中から浮かび上がってきた。

「…ところでこのぬいぐるみさんってなんなのか、秋子さんわかる?」

毬を半分に割ったみたいな丸くてずんぐりした大きな頭と
三角旗のような尻尾が生えているだけ…
そう、このぬいぐるみさんには手足が無かった。

「私は聞いて知っていますから
 先入観でそう見えてしまいますが、あゆちゃんには何に見えます?」

「…きのこさん?」

「ちょっと違います、
 形もそうですがこの色がヒントになるかもしれませんよ」

色は全体がほとんど黒みがかった深緑、
光の加減だと真っ黒にも見えちゃうかもしれない
頭には灰色のぶち模様が一面に広がっていて、
その頭の真ん中ほど、しっぽのちょうど反対側に
睨みつけるような大きな二つの黒い目が付いてて…

「それから横にして考えてみてくださいね」

あ、横なんだ…
そうすると…
ボクはぬいぐるみさんをテーブルの上に横置きにしてみた

そうするとへびさんにしては
尻尾がつぶれすぎだからこれは魚さん系だね、
でも黒ずんだ緑色っていうと…
あ、わかった!

「そっか…おたまじゃくしだ!」

「ええ正解です」











「それにしても、面白いですね
 寝てたあゆちゃんにいつのまにか寄り添ってたなんて」

ぬいぐるみさんの頭を撫でてみる
感触はとってもきもちいいんだよ

「うん、そうなんだけど…どっから来たのかなこの子」

「寝ていたあゆちゃんの近くの棚の上からですね、
 このぬいぐるみが置いてあった場所がそこでしたから」

「そうなんだ…それじゃ、あの音が落ちてきたときの?」

「音ですか…?」

「『ずしん!』って重たい音が聞こえたんだけど…
 そんな音するのかな?」

「その音なら私も聞きました、
 祐一さんの部屋からした音ですね」

「秋子さん、それほんと?」

「丁度私が帰ってきたとき、
 階段下にダンボールが置いてありましたから、
 その後、部屋に持って行って、つい乱暴に置いてしまったんでしょうね」

「じゃこの子は?」

「そのときの振動が原因で棚から落ちてきたんでしょう」

「うん、そっか! なるほどね〜」













秋子さんと話し込んでいるうちに
お昼になっちゃった。

朝ごはんが遅かった上
秋子さんがいっぱいお料理を出してくれたから
お昼は遅くにしてもらうことにした。

いつのまにか外は雪…
振り落ちる白い結晶は昨日よりも多そう

秋子さんが、夕方には上がるから
それまでお家にいた方がいいって言ってくれたけど
ボクとしてはそのまま雪が降り続いて欲しかった
せめて日が落ちてしまうまでは…

それが時間稼ぎでしかないことは
ボクも分かっていたけど…でも…


昨日の夜の悲しさは驚くほど薄れていた、
もしかしたらあのぬいぐるみさんを抱きしめてた
おかげなのかもしれない。

正直、今日のボクは冷静だと思う
でも、それだからこそためらってしまう。
あの二人のことをもっと知りたいという好奇心、
知って…またうらやましくなって、
悲しくなってしまうのではないかという不安、
そしてそんな自分がすごく恥ずかしい…
そんな気持ちがないまぜになっている自分がはっきり分かるから


…うちの中にいると余計なこと考えちゃうよ
なにかしなくちゃ…ボクすることなかったかな…
そうだ、今日はお部屋の片付けをしよっか
祐一君だけに任せてるのも悪いしね



『立入禁止』

…張り紙…大きな文字で書いてある。
部屋のドアに張ってあるってことは
入っちゃいけないって事だよね…

しょうがないね、
祐一君が帰るまでやめておこう…



テレビは…
ドラマは…続き物で途中から見ても分からないし
…それ以外はワイドショーばっかり…
しかたないけど、これにしよう

ホントはボク興味ないんだけどな…こういうの…




……

………


違うよ〜、奥さん!それはご主人さんの方が正しいよ〜。
コメンテーターの皆さんまでなに同調してるの!
この司会者さん、なにみんなを煽ってるのさ!
ああっ!なんて身の上相談なのさ、これ!!



ピンポーン


「あゆちゃーん、ちょっと出てくれないかしらー」

「あ、はーい」



それにつけても、あの司会者さん
安易にテレビ前の奥様方を味方に引き込もうなんて…



「はーい、今開けまーす」

カチャ

あれ…誰もいない?

目に入いるのはお向かいの家、
そことボクとの間にはちらちらと降る雪

いったい…

不思議になって玄関先まで出てみると、
足元で鳴き声がした。

「ニャア」

ぴろちゃんだった。













『先にぴろに行っててもらうんでよろしく〜♪
 それとくれぐれも祐一にこの文章見せないでね〜』

ぴろちゃんの首輪に結び付けてあった紙切れには
こう書いてあった。

「真琴ちゃんですね、この字は」

「帰っちゃったりしないでボクに一言伝えてくれればいいのに…」

「真琴ちゃんを見かけたんですか?」

「ううん、見てないけど…でも、
呼び鈴鳴らしたんだからいたはずでしょ?」

「それは無理ですよ。今は学校の時間ですし」

「じゃあ、ぴろちゃん一人でこの家に?」

「ええ、そうでしょうね」

「…それじゃ、どうやって呼び鈴を鳴らしたんだろ?」

「そうですね、塀を駆け上がって呼び鈴を鳴らしたとか
 門の上から飛び降りるとかして鳴らしたのかもしれませんね
ぴろちゃんならそれくらいのことしそうですし」

「へええ…
すごいや、ぴろちゃん!」













時間は3時過ぎ
空は灰色、でも雪は止みかけていた。

雪が止む前に、祐一君が帰ってくれば、
そうすれば今日は一日外に出ずに終わるかも…

そんなどうでもいいことを考えながら
ボクはぴろちゃんとじゃれていた。



「ただいまーっ」

祐一君の声!

「ぴろちゃん、ここで待っててね」

居間からテレビもそのままにボクは玄関に駆け出す

「おかえりなさい、祐一君」

「お、あゆか、今日は家にずっといたのか?」

片足を上げて靴を脱ぎながら答える祐一君

「うん、外は雪だしね」

「そうか? 帰り道はほとんど気にならなかったぞ」

「さっきまでかなり降ってたんだよ」

「まあたしかに昼からガンガン降ってたな」

「雪の降り方じゃないよ、そのたとえ」

「細かいこと気にするなって。
ま、早めに家に帰りたかったから、止んでくれて助かったよ」

すたすたと台所に入っていく祐一君の
後にくっつきながらボクは訊ねる。

「早く帰ってきたかった理由って、お片付けのため?」

「ああそうだ。とにかく今日中にいろいろ処分しなきゃならん」

「まかせて、ボク、今日こそ手伝うからね」

「へっ?」

ぴたっと、祐一君の歩みが止まる。

「どしたの、祐一君」

「…外…行かないのか…今日は?」

声は何故かやや湿りがち

「行かないよ、だっていっつもボク外出してて
 祐一君達にまかせっきりじゃない」

「…いやぁ、残念…」

頭を掻きながら申し訳なさそうな声で祐一君が続ける


「今日の戦力に入ってないんだな、あゆは」













サクッ、サクッ

あーぁ
結局、ボクは必要ないってことなんだね
祐一君…

いいよいいよ、だったらさ
見ちゃうもん、君の秘密ぅ

あの木から覗いて
あゆちゃんといちゃいちゃしてる現場を押さえて、
あとで意地悪してあげるもん。



「…でも、ほんとにそんなの見れたら、いやだなぁ…」

思わず口から漏れたのは多分ボクの本音の方



夕暮れに近づく時間…
往来の人と逆の方角にボクは足を進める。

昨日と異なる道のり、
いつも祐一君と一緒に行った道のりで
ボクは森の中に入っていく…

雪の残り具合、森に差し込むやわらかい光も
枝々が茂り行く手がなさそうに阻む場所も
ついこの前までボクが歩いていた時と
景色はほとんど変わらないように思えた。

そして最後の小径を歩いていくと
開けた場所が木々越しに見えた。

そこに向かって進むと開けた場所に出た、
もちろん正面には大きな木。

来た方向は違っていても
大きな木は昨日と同じようにボクを迎えてくれた。



昨日名雪ちゃんに連れられてここに来たときは
驚きでいっぱいだった…

でも今日は落ち着いている。

今日は…何が見えるんだろう…

祐一君に言われた勢いで出てきたけど、
祐一君の秘密を覗き見ようと一時は思ったけど
今は…不安のほうが多かった。

幸せじゃない二人を見たくなんかない
でも、幸せすぎる二人を見るのは…辛い…



陽は徐々にオレンジ色をまとって
青い空を、白い雪を、そしてこの大きな木を森を
やさしく包み込んでいく…

時間だ…

ボクは悩むのをやめて、
大きな木の幹にそっと手を当てた…












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