Chasing The Rainbow 《2-5》

Afterglow 2

by詠月(SELENADE)










目を開けたとき
とにかくびっくりしたよ…

人、人、人
何人もの往来の人がボクの体をすり抜けていく
そんな最中にボクは突然放り出されていた。

街中だったんだ…
それも駅前商店街のまんまん中

この人通りの中に祐一くんがいる?

驚くのもそこそこに、ボクはあたりを見回し始めた。

人にぶつからないよう…もとい、重ならないように避けながら、
体をすり抜けられるのはやっぱりあまりいい気持ちじゃないから


そうこうしているうちに
二人が…祐一くんとあゆちゃんが、
向かいから歩いて来るのが見えたんだ。




「ねえ祐一君…」

「なんだよ」

「そんなにびくびくしなくてもいいと思うけどな
 かえって変に見られちゃうよ」

あゆちゃんと祐一君は
横並びで歩いていた。

最初、見えたとき、良く分からなかった
だって、二人の印象が昨日見たときと違ってたから。
あゆちゃんは白いリボンをしていなかった
そのかわりボクが付けているのと同じ赤いカチューシャを付けていた。
祐一君は何故か野球帽を被っていた。


「そうはいってもしょうがないだろ
 第一お尋ね者なんだから、俺は」

「でもそのために変装してるんだし」

「野球帽被っただけじゃ変装なんて言わないって」

「服だって変えてるじゃない」

「ああ、さっき買ってきてくれた『こいつ』もあるか…」

それは多分ジャンパーのことだね
昨日見たのと違うものになってる

「そうそう大丈夫だよ、ぜんぜんわからないから、
 気にしない気にしない」

「…しかし名雪はともかく
 秋子さんの眼力は半端じゃないからなぁ」(ぽそ)

その言葉は買い物袋の中を探る
あゆちゃんの耳に入らなかったみたい

「そうそう、祐一君。
 さっき渡し損ねたけど、これジャンパーのレシートとおつりだよ」

「…おつり…159円…うはぁ!
 うぅ、こんなんで帰りの旅費を潰さにゃならんとは」

真新しいジャンパーの胸元を手で何度もつかみ上げながら
あゆちゃんにアピールする祐一君

「気になるんだったらボクがその分出してあげるからさ、元気出してよ」

「そうじゃない、出来る限り経済したかったってことだ」

「大丈夫、お父さんが出張から帰ってくるまでまだ10日あるから
 その分の生活費もあるしさ」

「…お父さんか…」

そのつぶやきには不思議と重い響きがあった。

「どうしたの?」

一瞬思案に暮れた顔を見せる祐一くん
だけどすぐにいつもの顔に戻る。

「あ…いや、なんでもない…
 確かに…生活費は十分だろうな、あゆ一人分ならさ、
 でも食いぶちが増えた分お金は大切に使いたいんだよ、
まぁ…居候の俺が言えた義理じゃないかもしれないがな」

「それは言わない約束でしょ♪」

「すまね…」

頭を掻いて謝る祐一君
やっぱり仲むつまじいよね、この二人



「とにかく、自炊は必須、といっても昨日みたく、
出鱈目に食材買ってこられて結局店屋物というのは避けたい」

「ご、ごめんなさい」

「とりあえず昨日買ってきた食材に合う食材を追加して、
 なにか一品、いやせめて二品、味噌汁はとりあえずインスタントでいいから
 …ってもカップは高いから買ってはいけないぞ」

「お料理はどうするの? その、ボクは…」

今、同じことを考えたよ
ホントどうするの、ボク…じゃなくて
この時点のあゆちゃんは絶対にお料理なんて…

「よく分かってるさ、俺も出来る限り手伝う
 というか、手伝わないとだれも食べられない料理になってしまう」

女の子としてなにか言い返したいとこだけど
反論できないな…



駅に向かって近づくにつれ
行きかう人の数がだんだん増えてくる。

さっきまで往来の人に体をすり抜けられそうになる度、避けていたけど、
二人を追いかけているボクはもう気にならなくなっていた。



「…ところで祐一君、首、まだ痛む?」

「あー、いやだいぶよくなったぞ、
 あと何日かすれば全快間違いなし」

首…たしかに祐一君ちょっとだけ傾いでいるような…
まだ痛いのかな?


「やっぱり病院行かない?」

「そんな大げさなものじゃないって」

「でもさ、そんなに深く野球帽被ってるのも
下向いて歩けないからでしょ」

待ってよ、それじゃぜんぜん直ってないじゃない!


「そうじゃない、俺こういう野球帽の被り方に憧れてたんだよ」

「何無理やりごまかしてるのさ。
だいたいボクが落っこってきたのって半端じゃない高さだよ」

そうそう、あゆちゃん
ここは何とかして祐一君を病院に連れて行ってあげて

「そうだっけ、せいぜい二階から落ちたくらいの高さじゃないか?」

「違うよ! 二階から街があれだけの景色が見えるわけないじゃない」

「いや、あの木が高台にあったからそう見えただけだ」

そんな風にひねくれないでよ
ちゃんと心配しているんだからさ

「は〜ぁ、茶化さないでよ、祐一君」

あゆちゃん、同感だよ…

二人の問答は道なりに続いてたけど
そのうち祐一君の方がはぐらかすのを止めた。
でも、あゆちゃんの方は全然収まってなくて
延々と祐一君を問い詰めていた。

『ねえ、聴いてるの、祐一君!?』

『病院行こうったら、ね、祐一君!』

『祐一君、頭傾いたままでこれからずっと暮らす気なの?』



「あのな、あゆ」

「突然どうしたのさ? 祐一君」

「いやだからな、さっきからお前、祐一君祐一君と
 しつこく言ってるがな…俺は今、必死になって変装しているわけだろ」

「あ…」

その言葉にあゆちゃんも合点がいったみたいだった
けど…

「そうだね、祐一君」

「おまえ、わざとやってるんだろ!」

「もちろんだよ、祐一君」

ちらっと祐一君にみせたその顔は笑っていた
もちろんちょっとばかり意地悪そうに

「おまえなぁ」

「病院行くって言ってくれなきゃやめないよ、祐一君」

「やめれー!」


なるほどー、考えたね、あゆちゃん。
このままいけば祐一君も考えを改めてざる負えないだろうね。



突然、祐一君の歩みが止まる、
と同時にあゆちゃんの腕を掴んだ。

とうとう病院行く気になったのかな?

ところが、
祐一君は凍りついたように目の前を凝視していた。


視線の先には、買い物袋を下げた女の子がいた。
長い三つ編みの髪をしてコートを着込んだその女の子は
うつむき加減で正面からこっちに向かって歩いていた。


その子がだれだかボクにはすぐに分かった。

「名雪…」



祐一君があゆちゃんの耳元に近づいてささやく

「いいか、しゃべるなよあゆ
だまってあの子の横をすり抜けるんだ」(小さな声)

「えっ? あの子…知り合いさん?」(小さな声)

「そうだ…いとこだよ、話しただろ」(小さな声)

「あの子が…わかったよ…、でも…」

「なんだ?」

「…後で一緒にに謝ろうね…」

「…あぁ、そうだな」


ところが、話している最中に
名雪ちゃんが二人に注目しはじめた。

名雪ちゃんの顔がみるみる間に変わっていった。
さびしそうな顔から、驚き、そして…怒った顔へと…


「祐一!!」

「うひっ!」

その剣幕に思わず大声を出す祐一君

「その声! やっぱり祐一なんだね!!」

「だぁぁぁ!!、なんでバレるんだぁぁぁぁぁーーー!!」



…たぶんそれは
あゆちゃんを引き寄せて小声で話しかけたときの
首を曲げられない祐一くんの姿勢があまりに不自然だったからだろうね
……すっごく目立つもの(はぁ)



名雪ちゃんが一目散に駆け出してくるやいなや
祐一君は逆方向に走り出していた、
掴んでいたあゆちゃんの腕を思いっ切り引っ張りながら

「わわっ、急に走り出さないでー」

「逃げろ、逃げるんだよ!」

「ど、どこまで?」

「そんなのしらねーよ!
 いいか、離さないからな、絶対付いて来いよ!」


いままで来た道を引き返す二人、
その二人を追いかける名雪ちゃん












所かまわぬこの鬼ごっこは、
ボクにたい焼き屋のおじさんに追われたときのことを思い出させる
あのときはボクが追われる身だったけど…


かろうじて人の間をすり抜け走る二人に
徐々に差を詰めていく名雪ちゃん
ボクはといえば、街灯だろうが、ポストだろうが、
ケンタッキーのおじさんだろうが、
買い食いしている学生さんだろうが、
道端で話し込んでるおばさんたちだろうが
かまわず走り抜け二人についていった。

「遅いぞ、あゆ、これじゃ追いつかれちまう!」

「うぐ、そんなこといっても、ボクもうこれでせいいっぱいだよ」

「名雪め、ちくしょう、速すぎる!」

祐一君、何度も後ろを振り返ってるけど…

「祐一君、首の方は大丈夫?」

「こんなときに言うなって、忘れてたんだから。
 うががっ、また痛くなってきた…」

「ご、ごめんなさい」

「まあいい、それよりこうなったら、もうこれしかない、
 いいか、あゆ、俺、手を離すけどおまえはこのまま走り抜けろ」

え、…じゃあ、祐一君は?

「俺は逆方向に走る、
 名雪は間違いなく俺を追いかけるから、お前は逃げられるだろ」

「じゃ、あの子のとこに戻るの!」

えー、祐一君もしかしてあきらめちゃうの!
もうちょっとだけ頑張ろうよ、ねぇ

「違うっ、何も捕まりにいくわけじゃない、横をすり抜けるんだ。
 今は人通りも多い、道をそう簡単に横断することは出来ないはずだ」

…そうなの!?

「離れ離れなんて…そんなのやだよ!」

「おい、急に強く手ぇ握るなってばよ」

「『離さないからな』ってさっき言ったよね」

うん、言ってた! ボクも聞いてたよ!

「状況を見ろって、ここで一緒に捕まったら終わりなんだぞ」

「祐一君だけ捕まっても同じことじゃない」

「俺は捕まらない、名雪を引っ張り回してバテさせたら
 必ず戻ってくる、あゆのマンションにな」

「でも…」

「信じてくれ! 俺だって今捕まりたくなんか無い」

祐一君の声は真剣だった

「…」

「けどあゆが捕まればどうなる、
 あゆの家がバレちまえば俺の逃げ場所は無くなる。
 この寒空だ、野宿なんて出来ない、強制送還確定だ」

なるほど、たしかにそうだね
…ここはやっぱり、あゆちゃんが折れておかないとまずいかも

「…」

「頼む…あゆの家であと一週間は稼いでおきたいんだ
 ガキのたわごとじゃないって、意思表示のためには」

ほぇ〜!! そこまで考えてたんだ…祐一君

だとしたらあゆちゃん、祐一君に応えるべきだと思うよ

「…」

「だから、そのためには…」

「わかった…祐一君を信じるよ」

ん、よかったぁ


「よし、それじゃ1,2の3で離すぞ」

「うん、せーのでいくよ」

「おし、せーの」

「いち」

「にの」

「さん!」

あゆちゃんの手を離した祐一君は
道の真ん中を歩いていた男の学生さんの集団の
後ろにすばやく回りこむ

名雪ちゃんはそれにすぐ気づいて
道を斜めに横切り学生さん達の方に近づいていく
祐一君が道の向かい側から飛び出してくると思ったみたい

名雪ちゃんが道の向かい側に回りこんだそのとき
その反対側、あゆちゃんと走っていた側から
祐一君が矢のように飛び出してきた。

祐一君は後ろを振り向いて

「名雪ー、はっはぁー、まだまだだなぁ」

学生さん達の後ろ側からは名雪ちゃんの声

「祐一!! 待って!」

走る速度を緩めて、祐一君が続ける

「秋子さんには心配するなと、
 伝えておいてくれ、じゃなー」

その言葉が終わるか終わらないかのとき
学生さんの一団が左右に割れ、
名雪ちゃんがそこから一直線に飛び出してきた

一気に祐一君との差を詰める名雪ちゃん


「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
 …しつこいぞーーーーーーーー、名雪ぃぃぃ!!」

余裕の笑顔が吹き飛び、
歯をむき出しに叫ぶ祐一君

「あたりまえでしょ!」



「「…「がんばれよー、お嬢ちゃ〜ん、
    俺らは女の子の味方だからなー、応援するぞー!!」…」」

二人を見送る学生さん達が後ろで手を振っていた


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!
 このロリコン学生共がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

駅に向かってひた走る祐一君の叫び声は
商店街の喧騒に掻き消えていった。













大きな木の前に戻ってきた(戻らされた)ボクは
その場でしばらく考えていた。

多分祐一君、あゆちゃんのそばにいてあげるって約束したんだ…
だから…祐一君はお家に帰らないでボクのお家に泊まって
秋子さんたちから逃げている…

で、あゆちゃんと二人して買い物にいって
名雪ちゃんに見つかって、二人は離れ離れに…

…続きはどうなんだろう
祐一君の首の状態も気になるし…

とはいっても、最終的には
どうにかなるんだよね、
昔にあったことなんだし…



あと…『ロリコン』…て、
どういう意味なんだろ?



カサカサッ…


風もないのに後ろの小枝がざわめいた
はっとしたボクが振り向くと

重なる枝々の隙間から
ちらっと見えたのは…女の子…
歳はさっき見た祐一君よりちっちゃいかな

陽が落ちてその子の顔はよく分からない、
分かったのは長くて綺麗な黒髪、
そして頭から白っぽいなにかが生えてるみたいだった

それより問題は着ていた服、なぜか半袖…
でも今って真冬だよぉ

「ねえちょっと、キミ」

一も二も無く声をかけた

「迷ったんでしょ、おいでよ、ボク抜け道しってるからさ」

カサカサカサッ

でもその子はすぐさま背を向けて
走り去っていった。

ここの地理に詳しい子だったのかなと思ったけど
釈然としないものがあった。

それにあの格好、風邪ひいちゃうよ…
今度会ったらそれだけでも言わなくちゃ











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