Chasing The Rainbow 《2-6》

Hocus-Pocus

by詠月(SELENADE)










カチャ

「ただいまー、わ!」

玄関先には昨日の何倍もの本が置いてあった
その分量にボクは驚いた。
玄関先の両側に所狭しとおいてある本の山
単行本がほとんどだった昨日までとは違ってたくさんの雑誌が混じっていた。
その分、幅を取られて玄関先は人が一人やっと通るほどしか床が見えなかった。

この様子だと相当はかどったみたい


靴を脱いで、玄関先に上がったところで
ドアが開いた音がした。

真琴「あうぅ寒い、寒いよーっ」

飛び込んできたのは真琴ちゃんだった。


真琴「あ、おかえりー、あゆ」

ボク「今日は遅いんだね、真琴ちゃん」

真琴「違うよっ、あたし早くから来てたよ」

ボク「じゃあ、真琴ちゃん外でなにかやってたの?」

真琴「こことあたしん家を何度も往復してたんだ」

ボク「往復?」

真琴「うん、これで3往復目」

そういえば真琴ちゃんの手には大きな手提げ袋が握られている
真琴ちゃんの手の動き見る限り何も入っていなさそう

ボク「何かを運んでたの?」

真琴「そうだよ、重たいからたいへんだけど、まだまだ続きやらないとねっ」

ボク「そうなんだ、それで何を運んでたのかな?」

真琴「それはもちろん、これー!」

チリーン

真琴ちゃんが玄関先の本の山に向かって手を広げる

真琴「もう大放出、赤札市、そーれもってけどろぼー!!、ってやつ」

うーん、やっぱりね〜、真琴ちゃんらしいや


真琴ちゃんは靴も脱がないで
玄関先に手を伸ばして雑誌を掴むと、手提げ袋に入れ始めた。
奥においてある本にも手を伸ばそうとしていたので、
ボクが代わりに取りに行って真琴ちゃんに渡す。

手提げ袋が雑誌でいっぱいになると、
真琴ちゃんはそのまま玄関を出て行こうとした。

ところがドアノブに手を掛けたところで
なぜか振り返って

真琴「そうだ、ねえあゆ」

あゆ「何かな、真琴ちゃん」

真琴「ぴろのことありがとうね」

あゆ「え、ボクなにかしたかな?」

真琴「作戦に協力してくれたでしょ、秋子さんから聞いたわよ」

あゆ「作戦って、もしかして
   ぴろちゃんの首輪に結び付けてあった紙切れの?」

真琴「そ、大成功、
   おかげで祐一にあたしが仕組んだってことバレずに済んだし
   おまけにこれだけ良い目に遭えたんだから感謝してるわよ」

あゆ「あ、うん、でもこれはたまたまだから。
   …そうだ、ところでそのぴろちゃんは?」

真琴「あたしん家だよ、頭にのせっぱなしで往復するのも辛いから
   最初に戻ったときに連れ帰ったんだ。
   …じゃ、また戻ってくるからねー」

あゆ「いってらっしゃーい」

嬉しさを滲ませるような後姿で
真琴ちゃんは飛び出していった。



ようやく台所に行ってみると
キッチンカウンターの奥から秋子さんが出迎えてくれた。

いつも台所にいずっぱりのあゆちゃんの姿が
見えなかったので秋子さんに訊いてみると、
すこし前までここにいたんですけど、との答え。
今ボクに言われて初めてあゆちゃんがいないのに気づいたみたい。

もしかしたら2階にいるのかもしれません、と続ける秋子さん。
でも玄関先で真琴ちゃんの雑誌集めの手伝いをしてたとき
あゆちゃんが階段登ったのをボクは見てない。
とりあえず不思議に思ったけど、
あまり気にも留めず、祐一君が片付けしてるお部屋へ。

あの玄関の様子だと今日は相当進んだよね
ちょっと楽しみ

そんなことを期待しながらお部屋に向かうと
なんとあゆちゃんがお部屋の前でじっとしていた。

ボク「あれれ、あゆちゃんこんなとこいたんだ」

あゆ「あ!、シッ、静かにっ」(小さな声)

あゆちゃんは肩をすくめて振り返り、
人差し指を口の前にもってくるポーズをした

無言でうなずいて
それからあゆちゃんに近づく

あゆ「ゴメンね、あゆちゃん。
   いま、ちょっとばれるわけにいかなくて」

ボク「ばれる? あゆちゃん何やってんの?」

あゆ「…聞き耳立ててるの」

ボク「え!?」

あゆ「シー!」

ボク「ごめんなさい、でもそれって悪いことじゃない」

あゆ「うん、まあそうなんだけど、でも今回は特別だよ」

ボク「とくべつ?」

あゆ「とにかくここで黙って聴いてればわかるよ」

そういうとあゆちゃんがまた聞き耳を立て始めた。
結局ボクもなし崩し的に付き合うことになっちゃった。

聞こえてきたのは
当然ながら祐一君と一弥君の声



祐一「最後まで迷ったんだよ、昨日の晩。
   だってそうだろ、こいつらをここに放置しておくなんて」

一弥「危険ですよね…たしかに。
   かといって…これ全部を片付けて退避させるとなると…」

祐一「そうなんだよ、まず一箱じゃ済まない。
   その上、探し集める時間まで考えたらもうどうにもならん、朝まで掛かっちまう」

一弥「それで…昨日言われた箱の方を持っていったんですか」



箱?



祐一「ああ、さっきの状態で踏み込まれたら一巻の終わりだろ」

一弥「うーん、どうなんでしょう、なかなか上手く隠したと思いますけど」

祐一「こんなカモフラージュ、ガサ入れされたらすぐばれるだろっ」

一弥「それは…確かにそこまでやられたらばれるでしょうけど…
   でも、名雪さんがそんなことしますかねぇ」



ああ、名雪ちゃんが昨日言ってた箱のことだね



祐一「するんだってばよ! 昨日あいつ図星突いてただろう
   ありゃ見抜いてのことだって、そうじゃなけりゃ説明つかん」

一弥「いや、名雪さんの性格から考えてそんなことはしないんじゃないかと…」

祐一「お前は知らないかもしれないけど、最近のあいつはぜんぜん違うの!」

一弥「え、お二人、上手く行ってないんですか!? 
   もしかして喧嘩したとか…ですか?」



『お二人、上手く行ってない』って??
それ恋人同士みたいな言い方っぽくないかな??



祐一「全然! 喧嘩の取っ掛かりもなにもありゃしない。
   …はっ、まるで氷の女だよ」

一弥「いいカップルだと思ったんですけどねぇ」

祐一「最初のころはな…」



……カップル……カップルって?
……え、えぇっ!?
祐一君と名雪ちゃんがカップル!?
嘘ぉ―――――――――――――――っ!?
ちょっと待って!

祐一君ってあゆちゃんが恋人だったんじゃないの!!
だって…あゆちゃんが落ちてくるところ身を挺して守ったし!!
お家に帰らないであゆちゃんと駆け落ちしたんじゃないの!!
これってどういうことなのさ!!(怒)

…そう、これって浮気じゃないの!!
そうだよ! だから…だからあゆちゃん聞き耳立ててるんだ!!
決定的瞬間を捉えるために!!



一弥「はぁ…。
   で話は戻りますけど、結局名雪さんに例の箱渡したんですか」

祐一「それがせっかく持っていったのに、『預かっておいて』だとよ
   どっと疲れが来たよ、まったく」

一弥「でもまあ名雪さんが部屋に入ってくる心配はなくなったんですよね、
   で、今日中にゆっくり片付けようとしてたら…」

祐一「あぁそうだよ、真琴が来ちまったんだよ〜!
   帰って早々ぴろを見かけたとき、直感したんだよ、『絶対ヤツは来る!!』ってな」

一弥「賢明でしたね、それで急きょ漫画雑誌大量放出というわけですか」

祐一「うー、読み返したかったのもあるんだが…」

一弥「こっちを失うよりはましというわけですよね」

祐一「てめ、冷静にいうんじゃねー、分けてやらないぞ!」

一弥「あ、それはちょっと…ひどいです
   僕がんばりましたよ…まこちゃんだって上手く誘導したし」



あゆ「ふう…呆れたぁ…一弥君まで……」

ボクの耳にはあゆちゃんのささやきは聞こえなかった。
そんな余裕ボクには無かった。
祐一君の浮気、そのことで頭がいっぱいだったから…
考えても考えても『どうして』という言葉しか浮かばなかった。



一弥「あの、僕も一度戻っていいですか?
   いただいたコレ家に置いてきたいんで…」

祐一「なんだ、心配になったのか?」

一弥「ええ、知っての通りまこちゃん好奇心いっぱいですし
   やはり万が一を考えると帰宅時は危険だと」

祐一「う〜ん、そりゃ万が一じゃなくて千いや百でもなくて十が一、
   下手すりゃそれ以上の可能性だなぁ」

一弥「ですよねぇ」

祐一「そうだな…表面上は片付いたしな、よし、許可する」

一弥「ありがとうございます、じゃあ早速」



あゆ「いけない、あゆちゃん、戻ろう!」

突然ボクの方を振り向くあゆちゃん

ボク「え!?、踏み込むんじゃないの!」

あゆ「そんなことしたら大騒動になるよ、
   とにかくここは戻ったほうが得策だよ
   あとはボクに任せてくれれば上手くやるからさ」

ボク「…他ならぬあゆちゃんがそういうなら…」

あゆ「…?、
   まあ、とにかくボクの部屋まで行こうよ、
   お互い言いたいことあるだろうしさ」













ボク「あーぁ、男の人ってみんなああなのかなぁ」

あゆ「でもまあそうなんだよね、ホントがっかりさせられるよね、あれにはさ」

ボクに反して案外冷静なあゆちゃん。
でもさ、この場合は…

ボク「あゆちゃん、人事(ひとごと)じゃないでしょ! なんとかしないと!」

あゆ「そうだけどさ、あゆちゃんだって一弥君に面と向かって言えないでしょ」

ボク「ちょ、ちょっと待って、なんで一弥君が急に出てきたの? 
   関係無いんじゃないかな」

あゆ「え? だって一弥君に良くないでしょ」

良くないってなにが?

ボク「あの…さっぱり話が分からないんだけど」

あゆ「…ボクもそうなんだけど、
   もしかしたらお互いどっか誤解があるのかもしれないね。
   単刀直入に言おうよ、そうすれば誤解が解けるとおもうよ」

そうなのかな…
じゃあ言うよ…言っちゃうよ

二人「「いま話題にしているのは、祐一君が…」」
ボク「名雪ちゃんと浮気しているってことだよ」
あゆ「一弥君にえっちな本を渡してるってことだよ」

二人「「………………………」」

お互い顔を見合わせて

二人「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」

ボク「何それ!?」

あゆ「あゆちゃん?…今の話なあに?」

ボク「え、だって一弥君そう言ってたでしょ?」

あゆ「一弥君そんなこと言ってないよ」

ボク「でも一弥君、祐一君と名雪ちゃんがいいカップルだって…」

あゆ「あのさ…あゆちゃんは知らなかったかもしれないけど
   …祐一君と名雪ちゃんは誰もが認める公認カップルだよ」

ボク「嘘っ!!!」(がぁーーーん)

そんな…、
それじゃあボクが昨日から見せてもらってたのはなんなのさ!!













今日の夕ご飯は
ご機嫌な真琴ちゃんを除いて静かだった。

名雪ちゃんはいつもどおりだけど
祐一君と一弥君は口数が少ないし
あゆちゃんは果てしなく無口だった、
もちろんボクも…

みんなで話したことといえば
片づけの進み具合と今日のボクの寝る場所くらいだった。


そして夕ご飯が終わって

祐一「さあて、今日は上でゆっくりしますか、
   連日片付けばかりで体が参ってきてるしな」

祐一君が廊下に出て行こうとするとあゆちゃんが制止した

あゆ「まってよ祐一君、あの話どうなったかな?」

祐一「ああ、節分の鬼の話だな、今年は勘弁してくれないかな」

廊下から顔を出した状態で答えた祐一君は
それからパタパタと足早に去っていった。

まったくやる気ないみたい

あゆ「ちょっとまっててね」

みんなにそう言うと
あゆちゃんは席を立ち、祐一君を追いかけていった。

廊下に出るときボクに向かってウインクしていった、
なんだろう…

でも、今日節分だったんだ、忘れてたよ



真琴「あぅ? 今日節分だったの!?」

一弥「まこちゃん今日の日付くらい覚えといたたほうがいいよ」

うぐぅ、今日の日付…覚えてなかったよ

真琴「知ってるわよ、2月3日でしょ」

一弥「じゃあ、知ってるでしょ、今日節分だって」

真琴「ううん、知らないわよぉ、あたし」

一弥「もしかして、2月3日が節分だってこと知らなかったの?」

真琴「そうよ、やっとわかった?」

一弥「いや、わかったっていうか…」



ダッダッダッ

勢いよい足音が聞こえてきたと思ったら

??「がおー!」

突然、廊下から鬼さんが顔を出した。

一瞬驚きそうになったけど
それは鬼の仮面(紙製)を被った祐一君
…だって服で分かるもんね

名雪「祐一…やる気になったの?」

祐一「ええ、やりますやりますよ、そりゃもうよろこんで!」

遅れてあゆちゃんが戻ってきた

あゆ「秋子さん、さっき炒っておいたお豆、用意してくれませんか?」

秋子「はい、分かりました」













祐一「痛い…、冷たい…、寒いっ…うぅ」

居間のソファーの上で祐一君がのびている

秋子「がんばりましたね祐一さん」

祐一「そりゃもちろん…命を賭けて…
   でも、なにもみんなあんなにムキになって
   豆を投げつけなくてもいいじゃないですか」

秋子「そうですね、ここ数年見た中で一番激しかったですものね」

真琴「あー、すっとした♪」

祐一「せめて靴履くときくらい止めて欲しかった」

いつもなら真琴ちゃんに食って掛るのに
今の祐一君にはもうそんな気力もないみたい

一弥「あれはたしかに酷かったですね、
   あまりに激しすぎて結局祐一さん靴下のまま外に出る羽目になりましたし」

真琴「鬼に同情なんかしちゃ駄目、一弥」

祐一「…鬼の演じ手には同情して欲しいぞ」

豆まきは終わった
鬼さん…祐一君には嵐のように炒り豆が叩きつけられた。
まさかあゆちゃんがあれだけたくさんのお豆を炒っていたとは思わなかったよ。



それからみんなでなんとか手分けしての掃除
散乱したお豆の大半は台所、居間、廊下、玄関
全部一階、ほとんど祐一君が逃げ回った場所だった

…二階に追い詰められたら、飛び降りるしかないもんね



大方掃除が終わって
真琴ちゃんと一弥君は帰っていった。

いままでで一番の笑顔で帰っていく真琴ちゃん
ちょっと迷惑そうな笑顔の一弥君
二人してたくさんの漫画雑誌を抱えて…

玄関先の雑誌の山は驚くほど減っていた













今日も泊まるのは名雪ちゃんの部屋

ホントは一日交代であゆちゃんの部屋だったんだけど、
夕ご飯のとき、週末までには片付けが終わりそうだって
祐一君から聞いた名雪ちゃんが
一日交代だとボクが名雪ちゃんのお部屋で泊まるのも
あと一回きりになっちゃうから、一日だけずらして欲しいって
あゆちゃんに頼んでこうなったんだ。

名雪ちゃんには今日も話したいこと、訊ねたいことがいっぱいあった
だから、名雪ちゃんの部屋に泊まることをボクは内心よろこんでいた。

でも…いざその時になって失敗したと感じた。
一番訊きたいこと…気まずい質問…
どうやって訊き出したらいいんだろう、そんな質問を…
お互い同じ部屋で寝れるかどうか分からない、危険な質問を…
かえって気まずくなるなら、名雪ちゃんの部屋には立ち寄って訊ねるだけで、
あゆちゃんの部屋に泊まるほうがよかったのかなぁ…


「あゆちゃん、朝、起きたとき大丈夫だったかな?」

「んっ、朝? なにかあったっけ?」

祐一君と名雪ちゃんの関係が気になって
ボクは朝になにがあったんだかとっさに思い出せなかった

「ほら、この子だよ。
 朝、あゆちゃん抱きしめてたでしょ」

そういってテーブルの上に出したのは
あの深緑のおたまじゃくしさん

「あ、この子かぁ…うん、驚いちゃったよ」

「あゆちゃん、ためらいもしないでひしっと抱きしめてるから、
 触感が気に入ったんだろうと思ったけど…形や色がこの通りだから…」

大きな半円形の頭、後ろは三角のしっぽ
深緑の地に灰色のぶち模様… 
頭の先にある大きな二つの目が正面を睨みつける

「うん、たしかに目を開けたときには驚いたよ、
 でもしばらく見てたらなかなか愛嬌があるなって思うようになったよ」

「え、そう…?
 見慣れていても、わたしは時々ぎょっとするときがあるよ」

「駄目だよ、もっと抱きしめてあげなきゃ、
 そうすればきっと名雪ちゃんも好きになるよ」

「そうなんだろうけどね…」

首をかしげて苦笑する名雪ちゃん

「この子、名前なんていうのかな?」

「けろぴーだよ」

あれれ?…その名前…どこかで聞いたような

「カエルだからけろぴーだよ、今はカエルの子だけどね」

そうだ、カエルさんだ! 向こうの世界、ボクのいた世界の
名雪ちゃんのお部屋にあった、おっきなカエルさんのぬいぐるみさん
でも…ぜんぜん違う…

「どうかしたのかな?」

「え、あ…おたまじゃくしだとケロケロ鳴かないよね…」

「ううん、けろぴーはカエルになれるんだよ、
 今はもう無理だけどね」

それはどういう意味?

「この子の下側を見てみてくれないかな」

けろぴーちゃんの後ろの三角を前に後ろに見回し
まるい大きな頭をぐるぐると回してみても
下がどこなのか良く分からない

「あの、名雪ちゃん、下側…ってどっち」

「あ、ごめんなさい、分かり辛いよね
 下って言うのは目の付いているところを上半分としたときの下だよ」

頭を真上からみてみるとたしかに
大きな両目がすこし片側に偏ってる

すると、こっちが上だから
下はこっちだね

大きな頭の前から後ろにかけて
布が一直線に山なりに盛り上がっている場所があった
そこをめくってみると…

「ファスナーがあるね」

「リバーシブルぬいぐるみなんだよ、
 このファスナーを開けて、中を裏返すとカエルさんになるんだよ」

「へぇー、そうなんだ!」

じゃあ、このファスナーの中にはあのけろぴーが入っている…
…わけないよね、このけろぴーの頭もかなり大きいけど
あのけろぴーとじゃ大きさが違いすぎるよ

でも中のカエルさんはどんな形してるんだろう

「裏返していい?」

「いいけどできないと思うよ、
 ファスナーが下ろせないから」

ためしにファスナーを下ろそうとしてみると
確かにびくとも動かない…

「ずっとこの調子なんだよ…もう全然開けてないから
 中のカエルさんがどんなのだったのか忘れちゃったし」

なんかかわいそうなぬいぐるみさん…

「ふうん…ねえ、名雪ちゃん」

「何かな?」

「この子、けろぴーちゃんだけど、
 今日も抱いて寝させてもらってもいいかな?」

「そんなに気に入っちゃったんだ」

「うん、この子といるとすっきり寝れるみたいなんだよ」

「そうなんだ…、でもホントにけろぴーでいいの? 
 別のぬいぐるみで好きなのがあったらそれでもいいよ」

「ううん、この子がいいんだ」

これからする質問が招く事態
それを乗り切るのためにも
けろぴーちゃんの力を借りたいんだよ













けろぴーちゃんを抱きしめながら
ボクは今日訊かねばならない質問に近づいていく

「ところで名雪ちゃん、
 今日ボクまた大きな木まで行ってみたけど…」

唐突すぎたかな…

「今日は見れた?」

「うん、見れたよ」

「そう、だったら今日は
 …わたしが出てくるんだよね」

「そうだね、名雪ちゃんいたよね」

「みっともないよね、あんなムキになっちゃってさ」

「そんなことないよ」

「あのときは必死だったから…」

名雪ちゃんは遠い目をしていた、昔を思い出すように

「うん、分かるよ、
 ボクだって同じ立場だったら追いかけちゃうよ、祐一君」

「ありがとう、あゆちゃん。
 あの時は最悪凍死まで考えてたから心配で夜も眠れなかったんだ」

「ずいぶん心配させちゃったんだね、祐一君」

「そうだよ…ホントに心配させてばかりで…
 でもいつだって祐一はわたしの言うこと聞いてくれなくて…」

その声は震えていた…、
祐一君、名雪ちゃんの気持ち考えたことあるのかなぁ

あれ、そうするとやっぱり二人が恋人同士なんて…
いやいや、恋人同士だからこそ、
そんな気持ちになってしまうとか…

「愚痴みたいでゴメンね、あゆちゃん」

名雪ちゃんの言葉に偽りがあるとは思えない
でも…だから真実が知りたい…

けろぴーちゃんをぐっと抱きしめて

ボクは…ボクは…
言わなくちゃ…













パチン

電灯が消された

「それじゃ、おやみなさい、あゆちゃん」

「うん、名雪ちゃん、おやすみ」



はあ…駄目だなあボク…

質問しようとしたとき
ボクは名雪ちゃんの顔を見た
…名雪ちゃんの瞳はすこし濡れていて…
ボクは肝心の話を切り出せなくなっちゃった。

仕方なく代わりに話題にしたのは
森で見かけた半そでの女の子のこと

話を始めたとき名雪ちゃんはきょとんとしていた。
驚いたのかなってその時は思ってたけど
あの後の会話があまり弾まなかったことを考えると
唐突にボクがそんな話をしたから、
気抜けしちゃったんだろうね。



「けろぴーちゃん…」

ひしっとけろぴーちゃんを抱きしめて
このもどかしい気持ちが明日すこしでも
楽になるように祈りながら…
ボクは眠りに入っていった












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