わらってよ、ボクのために≪第一章≫

by詠月(SELENADE)







――――― 俺たちは天使じゃない ―――――






「う〜む」

「ごめんなさい……また、作り過ぎちゃって」

 それは昼休みの食堂での事。

 例によって、俺は栞の作った弁当に往生していた。

 優に三人分はあろうかというボリュームは午後の授業を苦行に変えるのに十分な量に思える。

 弁当とにらめっこしていた俺の横でだれかが足を止めた。

 横を向かなくても分かる、北川だ。

 こいつ最近、栞が弁当多めに作ってくるときに限って現れるんだ。

 どうせ毎朝香里から聞いてるんだろうが、まあ俺にとっても悪い話じゃないし。

「なあ」

「なんだ、北川? また弁当の無心か? 」

「あ、いや今日は違う用事だ、そっちは一人でがんばってくれ」

「はい、祐一さん」笑みを湛えた栞が胃薬を差し出した。

 栞、残すという選択肢をなぜ俺から奪う

「お前、月宮あゆって名前の子知らないか?」

「ああ、あゆだろ、知ってるよ」俺の返答に合わせて正面の栞も頷く。

「やっぱ当たりか……」

「最近見かけなくて、心配してたんだ、で、彼女がどうか?」

「……彼女、お前に会いたがってるってさ……」



 北川の話によると、あゆは現在ある病院に入院中らしい。

 そこの院長が北川の親戚で、あゆの知り合いの「ゆういち」って名前の男を探しているという。

 ちょっと前に北川が食ってた横で栞とあゆのこと話題にしたからだろう、

 その話を聞いた北川は俺のことじゃないかと思って聞いてきたということだった。





 放課後、栞と俺はあゆの見舞いに行った。

 病院の場所は少しばかり離れていて、バスで行く他は無さそうだった。

 駅前で俺達はバスに乗り込み、揺られること十数分、
 
 目的の停留所で降りてみると、それらしい大きな建物が見えた。

「こんなとこまで来させやがって、ほんと、アイツは手ぇ掛かるなあ」

「でも、心配してるから来たんですよね?」

「まあ、ほんのちょっとばかし…ね」

 途中、見舞いの定番、果物を買って、北川に教えてもらった道を急ぐ。

「なあ栞、お前、病院嫌いじゃなかったっけ」

「病院は嫌いです、でもお見舞いはしたいです、一人ぼっちは辛いでしょうから」

「そっか、俺行けなかったもんな……栞のときは……寂しい思いさせちまったな」

「いいんです、私が言い出したことですから」





 俺達が案内されたのは個室だった。

 ドアを開けるとにっこり笑ったあゆが

「祐一君!?栞ちゃんまで……わあ!よく来てくれたね!」

 なんて俺は勝手な想像していた。

 そんなお気楽な俺を待ち受けていたいたのは………目を背け続けていた真実との対面だった………


 そこは薄暗い部屋。

 点滅する機器、機械の電子音に囲まれて、あゆは眠っていた…………

 チューブを体のあちこちに繋がれた、惨い姿で…………


「あゆさん!?」栞の驚きの声

 だが、俺は声を上げることも出来なかった…………

 このベッドで眠る女の子があゆではないと俺は信じたかった。

 …………認めたくなかった

 俺は………認めたときに支払う代償の大きさに脅えていた………

「ようこそ、ゆういちクン」

 病室の片隅から声がした、優しそうな女性の声が

「私はここの副院長をしてる山吹 智華(ともか)」

 白衣姿の女性が部屋の隅にある椅子に座っていた。

 ロングの髪にとんぼ眼鏡、白衣に身を包んでいなければ俺達と同い年ぐらいにしか見えない。

「あの………貴方が?」

「うん、君をどうしてもあゆちゃんに会わせたかったの」

「それで、あゆは………?」

「彼女はね、昏睡状態なの………もう七年も前から」

「………そんな!?」

 奴等の目覚めを遅らせようと俺は必死だった…………

「彼女、森にあった大きな木から落ちて、それからずっと…………」

 相応の苦しみを、彼女と分かち合うこと無しに逃げ出した俺の心を…………



『…約束、だよ』



「………うっ、あぁぁぁぁ!!!」


 いま………解き放たれた記憶達がめった刺しにする。


 おれは廊下に飛び出したかった………一秒たりとも病室に居たくなかった、
 でも、出来なかった、そうしたら、再びあゆを裏切ってしまうような気がしたから………
 ここで苦しむことが俺の義務に思えたから…………



 俺が落ち着きを取り戻すのを待って、智華さんは俺を別室に招いた。

 栞は付いてこなかった。

 どうやら智華さんは栞に席を外してもらうよう頼んだらしい。

 その方がいいと俺も思った。
 ………彼女にはショックが大きすぎるだろうから。


 あゆの今までの経過を説明し始める智華さん………


「この七年間、彼女の病状は殆ど変らなかったわ、
 だけど、今年に入って、状況は一変したの。
 彼女の脳の活動が活発になったのよ。
 夢を見ているような状態って言うのかな、今まで一度だってそんなこと無かったのに」

 ………多分、それは………あの夕暮れの街の夢なんだろう………

「ところが二月に入ると様態は一変、彼女の脳活動は少しずつ悪くなっていって、
 同時に体の方も徐々に衰弱していったの。

 そして、今は………死を待つだけ」


 僅かな期待、しかし、今、それすらも砕け散って…………


「………嘘だ………そんなの」

「ごめんなさい………辛いでしょうけど………
 でも、だから、どうしても貴方に会わせてあげたかったの」


 全ての音が遠くから聞こえて、目の前の世界がいやに現実感が無く見える。

 その後の話は、あまり覚えていない

 彼女が語ったあることを除いて………



 智華さんがあゆの様子を見に来たとき、

 あゆの口から言葉が出たことがあったという、

 意識が完全に戻っていない、浅い眠りのような状態での………うわごとのようなもの。

 あゆが喋ったのは後にも先にもそれっきり………

 そして、それを境に、あゆは徐々に衰弱していった。

「あゆは何て………?」

「『ゆういちクン………さよなら…………』ってね」

「………いつの事なんですか、それは?」

「一月最後の金曜日…っと、29日ね。その日の夜よ」
 




 喫煙コーナーのソファに座りながら、俺は窓から街の景色を眺めている。

 でも、見えるのは窓に映る無表情な自分の顔………外はもう夜だった。


 戻ってきてから一言も喋らない俺を、栞はただ心配そうに見ている。

 栞は何度か訊ねようとするそぶりを見せながらも、口に出せないようだった。


 俺は自問し続けていた………



 おまえ、一体何を探してたんだ………何を見つけたんだ…………見つけて何が変ったんだ…………

 探し物………どうしても見つけなければいけない物…………



『 ばいばい祐一君 』



 探し物を見つけるため夕暮れの街に消えて行くあゆの姿が脳裏に浮かぶ………

 小さな羽をひらひらと揺らして

 …………羽?

「そうか!」俺は立ち上がった。

「祐一さん?」

「判ったぞ! あゆが探していたものが」

「え!?」

「たく、あいつ……見つかったなんて嘘つきやがって」

 俺は鞄に手を掛けた。

「どこへ行かれるんですか?」

「俺達の馴れ初めの場所……あの遊歩道さ」

「あれさえ見つかれば、あゆは必ず目を覚ましてくれる! 」

 間違い無い、あんな風に俺の前に現れたのも、あれを探す為なんだ。

 本当は、俺と一緒に探して欲しかったんだ、あゆは………

「栞は先に帰っててくれ、こいつは俺の問題なんだから」

「……私も行きます」

 自分のことで手いっぱいで今まで気づかなかったが、栞の顔色がいつになく悪い事に気づく。

「栞、今日は帰った方がいい」

 しかし栞は付いていくと言って譲らない。

 結局二人で向かうことになった。


 待ってろ、あゆ、俺が必ずお前の願いを叶えてやるからな!



 春先とは思えないほど外は冷え込んでいた。

 見上げた空は一面雲に覆われて…………

 街の明かりで鈍く輝くそれは、雪雲のように低く垂れ籠めていた。





 ざくっ、ざくっ

 俺は遊歩道の木の根元を片っ端から掘り返している。

 堀り始めて、もう、小一時間はたっただろうか…………


 確かにここの何処かに埋めたんだ、必ずある。


 霙が手を徐々にかじかませる……

 雪なら払い落とせば済むが、こいつは違う………たちどころに体温が奪われていく………



「畜生ォ!! 何で無いんだ! 」

 おぼろげながら覚えているその場所、しかしその近くをいくら掘っても………出てくるのは、土くればかり。


 もし、あゆが先に見つけていたら………

 俺の懸念が少しずつ膨らんでいく。

 そんな筈が無い!!

 だったらとっくにあゆは目覚めてる………真っ先に願いを叶えて………


「あれが見つかれば、あゆは帰ってこれるんだ………必ず………」

「それは……どのようなものなんですか?」酷く弱々しい栞の声

 振り返ることも無く俺は土を掘り続ける。

「人形さ、
 俺が七年前あゆにあげた………三つの願いがかなう人形だ、最後の願いを残してあゆが埋めたんだ。
 こいつに願えば、必ずあゆは目覚めてくれる!」



「天使の……お人形ですか?」



「なっ!?………」

 予想外の栞の言葉に思わず振り向く。


 傘を差すことも無く、濡れるに任せている栞。

 泣いている、嬉しくて泣いたあの時とは違って………深い………悲しみを湛えた瞳。

 俺の前で絶対見せなかった栞がそこにいた。


「そのお人形は……」途中で言葉を詰まらせる栞。

 ポケットから何かを取り出す、そしてそれを俺に見せる。

 外灯の光を浴びて見えたそれは、ぼろぼろの人形だった。

 俺が探していた物………あゆにあげた天使の人形……………

「もうこのお人形は願いを叶えてはくれません………だって………」

 俺は、呆然と………唯、呆然とその人形を見ていた。

「だっ…て………私が使ってしまったの…………ですから…………」
 
 焦りと混乱が、一瞬で絶望と憤りに変っていく。

「どうして言ってくれなかったんだよ!!」

「ごめん…なさい……あゆさんが………『祐一君には言わないで』って………だから、私、わたしぃ!!」



『他の誰かのために………送ってあげたいんだよ』



「っ……ばっかやろぉ――――――――っ!!」




 誰に叫んだんだ、俺は………?


 何も言ってくれなかった栞に………?


 最後まで教えてくれなかったあゆに………?


 それとも……思い出から逃げ続けた俺自身に………?





 自分の部屋で、

 あゆさんがくれたお人形を見つめながら、

 私は最後にあゆさんに会ったときの事を思い返していた。


 その日はお姉ちゃんが私の存在を認めてくれた日。

 祐一さんと別れ、私は公園に寄り道した。翌日のデートに想いを馳せる為に。

 そこで私は激しい発作に襲われた。

 満足に動かない体では薬を取り出すことも出来ない。

 周りには誰一人いない……

 来る人の殆ど無いこの公園はかつての私にとって死の象徴だった。

 誰にも邪魔されることなく、ここで果てる………一度は望んだ死に方…………

 運命って皮肉なもの……その願いが………生きてゆく希望を貰った後で叶えられるなんて

 唯、翌日のデートのことだけが未練だった……

 死を覚悟したその時、

 私の前に天使が現れた。

 ちっちゃな翼を生やした天使が……あゆさんが………

 非常時用の薬をあゆさんに飲ませてもらい、私に訪れた死神は逃げ出した。

 あゆさんは私の体のことを心配してくれた。

 本当のことなど教えられるわけがない。

 私はあゆさんからの質問をはぐらかし続けた。



 そして、別れ際……………


『栞ちゃん、これ受け取ってもらえないかな?』

『あの、これは?』

『見た目は変だけど、お願いの天使だよ』

『お願い?』

『そう、どんな願いも三つだけ叶えてくれるんだよ。ずっと探してたんだけど、やっと見つかったんだよ』

『で、でもそんな大切なもの……』

『いいんだ、ボクもう二つも叶えてもらったから、最後のお願いは栞ちゃんにあげるよ、
 それに、ボクしばらくここに戻ってこれそうに無いからさ……これをボクだと思って……』

『わかりました、あゆさん。でも大切な物でしょうから、借りるだけにしておきます
 ……………貴方がこの街に帰られたときお返ししますね』

『……………うん、じゃあ、ボクが戻って来るまで預かっておいてね』

『はい……』

『でさ、これはボクからのお願いなんだけど』

『何でしょうか、あゆさん?』

『祐一君にはこの人形、見せないでほしいんだ』

『どうしてですか?』

『実はこの人形、昔、祐一君から盗んだものなんだよ、
 ほ、ほら、よくあるじゃない、ちっちゃい子が好きな子の物取って隠しちゃうとかさ』

『あの、それは男の子のやることでは?』

『うぐぅ……とにかく祐一君には言わないで………ボク、祐一君にやなこと思い出させたくないから………』

『あ……はい、分かりました』




 私は………私が嫌い………


 私は自分の事しか考えてなかった

 あの二人が唯、羨ましくって

 唯、すがりたくて

 祐一さんに近づいて

 祐一さんに甘えて

 泥棒猫のように彼を奪って

 でも、あなたはこんな卑しい私を許して

 自分が受け取る筈の幸せを全て私に………




 死んでしまおう


 そう思った時より………今の方が何倍も辛い


 あゆさん、私はどうしたらいいんですか?教えて…下さい




 お人形に向かって、私は問い続ける



 答えに辿り着くまで………








第二章に進む

プロローグに戻る

二次創作 SSに戻る


感想メールはこちらに→eigetsu@diana.dti.ne.jp