わらってよ、ボクのために≪第二章≫

by詠月(SELENADE)







――――― VOICES ―――――






 翌日、俺は学校をさぼった。

 名雪も、秋子さんも、昨日俺が真夜中に帰ってきたのを知っていたらしく、起こしに来ることはなかった。

 風の音に目が覚めた時には、太陽はかなりの高さまで昇っていた。

 下に降りると、秋子さんは朝食の用意をしてくれた。

 なんの詮索もしない秋子さんに内心感謝しながら、俺は努めて平静をよそおった。


 限りなく昼食に近い朝食を摂って、

 昼過ぎ家を出た俺は、森に向かっていた。あゆと再会を約束した『俺達の学校』に………



 春先だからなのか風が強い日だった、
 がさがさという森のざわめきが記憶を弄り、その度に心を締め付ける。

 うっそうとした森の先から光が見えてきた。

 光を浴びる、大きな切り株。

 その上であゆは待っていた。

 背中に羽をしょった、いつもの姿で。

 切り株から飛び降り、あゆは俺に駆け寄って来た、街中で会ったときのように、笑顔で………

「……ボクもうほとんど君の事忘れてたのに、思い出させるなんて惨いよ」

「感謝しろよ、思い出させてやったんだからな」

「変らないね、そういう所は、出会ったときから」

「お前は変ったな。最初の奥ゆかしさはいずこやら、めちゃめちゃ騒がしくなりやがって」

「祐一君に会えて舞い上がってたんだよ、きっと…ううん、今も」

「そんだけ恥ずかしい台詞口にだせるようになったのも大変化だ」

「うぐぅ、変ってないもん! 」

「はは……そうだな、すぐ拗ねるところは昔のまんまだ。そうそう、その『うぐぅ』もな」

「祐一君の意地悪ぅ!」

「あと、変ったと言えば……カチューシャ……付けててくれたんだな、嬉しいぞ」

「それは………祐一君が望んだから………
 祐一君に出会えたのも………たい焼きいっぱい食べられたのも………
 今ボクが此処にいるのも、全部、祐一君が望んだからだよ………」

「………そして………その底抜けの明るさも………お前が昔の記憶を失ってたのも…か」

「え? ………それは………」

「知らず知らずに強いていたんだな、俺………自分に都合のいいように………あゆに………」

「ちがうよお、チャンスをくれたんだよ、祐一君は」

「チャンス?」

「そう、ボクはそのチャンスを生かしきれなかっただけ……だよ」

「なあ、あゆ」

「ん?」

「何で、自分の為に願いを使わなかったんだよ!
 チャンスどころか、ゴール寸前だった筈なのに……」

「……ねえ祐一君、栞ちゃんとボク達が出会ったときの事、覚えてる?」

「ああ、俺があゆを避けたせいで、あゆが木に激突して、栞が雪をかぶった」

「うん、その木の下にあったんだよ、ボク達の『お願いの天使』は」

「そうだったのか……」

「運命的だと思わない?

 彼女が現れたおかげで、『お願いの天使』は願いを叶える相手を見つけたんだからさ」

「お前の願いは叶えちゃくれないのか?」

「………そんな資格なんかボクには無いんだ」

「どうしてだよ!」

「祐一君、苦しんだよね、ボクを忘れちゃうくらい、苦しんだよね………ボクのわがままでさ、
 だからボクにお願いを叶えてもらう資格なんか………無いよ」

「あゆ………違う、あれは俺が悪いんだ。お前が落ちた事実が認めたくなくて逃げただけなんだ!」

「祐一君………ボク本当は、わざと落ちたのかもしれない」

「な? ばかな………」

「………祐一君が帰れなくなって…………ボクの傍にずっと、ずっと居てくれると思って…………
 そんなことしてでも、ひとりぼっちになりたくなかった………」

「あゆ………」

「うぐぅ…ばかだよね………ボク」

 零れんばかりの涙を湛えたあゆの瞳。

「ひとり占めしたかったんだよぉ! 祐一君を………」

 俺はあゆを抱きしめていた。

「………なってもいい………あゆのものになってもいいよ、俺は。連れてってくれ、お前が旅立つ場所へ」

「そんなこと言わないでよ………ボクの向かう所は………うぐっ………」

 目をぐっと閉じるあゆ

 関を切ったように涙が溢れる

「………願いを増やしてやるよ。なあに回数なんてどうせ俺が決めたんだ、いくらでも増やせる。

 そのかわり、こう言ってくれ」

 震える声を止める為、俺は息継ぎをした。

 そして………あゆの耳元で永遠の呪文を囁く………

「『ボクと一緒に死んで』って………」

「………っ、言えないよぉ!! そんなお願い!!」

「それしか、俺は……ぐっ……おれ…は叶えてやれないんだよお………」

「祐一君………」


 お互いの鳴咽を押し殺して、

 ただ抱き合って、

 七年前に伝えられなかった、お互いの想いを確かめ合う


「嬉しいよ……祐一君、本当に………でも君には栞ちゃんが」

「あいつにはお前がくれた奇跡がある、俺がいなくても大丈夫だよ」



「勝手に決めないで下さい」突然、背後から栞の声。

 振り向くと、栞がいた。

 俺がぬけて来た小径、その脇にそびえる木々………彼女はそのうちの一つを背にして立っていた。


 抱きしめるその腕を強引に振り解き、あゆは俺から距離を取る。

「途中で見失って……随分迷ってしまいました」

「ごめん、栞、俺どうしてもあゆが………」

「……聞かせていただきました……」

 昨日とは違う、凛然とした栞の表情

「栞ちゃん、ごめんね……」

「いえ、お似合いです、お二人共」


 栞があゆの元に来る。


「あゆさん、これを」

 栞が渡そうとした物、それはあの『お願いの天使』だった。

「お借りしていたものを、お返しします」

 ためらいがちなあゆのその手に強引に人形を握らせる栞。

 人形を受け取るや否や、あゆの顔色が変る。「栞ちゃん……これ!?」

「もちろん………奇跡も、です」

 その言葉が終わると同時に栞は体から崩れ落ちた。

「栞ぃ!!」駆け寄る俺

「ひとときの夢でも楽しかったです、ありがとう………」

「栞ちゃん………」悲しそうに俯くあゆ。

 苦悶を押し堪えた笑顔の栞。

「………一つだけ約束してください…………貴方自身の願いの為に使うって…………
 これは貴方の為の………奇跡なのですから…………」

「……分かったよ、栞ちゃん」

「うれしいです………やっと、みんなの為に………甘えてばかりいた私が…………」

「栞……何で…だよ……」



 人形を手にあゆは切り株に向かって歩いて行く。



「駄目だ!! あゆ!
 俺、お前と何処までも行くよ、二度とお前をひとりぼっちになんかさせない!
 だから……だから栞を助けてやってくれぇぇぇ!!」




 あゆがゆっくりと顔を上げた。

 そこに存在していた、大きな木を見上げるように、

 七年前、俺達が出会った頃のように…………遥かなその頂を見つめて…………





「…ボクの願いは………………





 風が吹いた………森の木々を貫くほどの………



 七年前とは違って………誰かの願いを叶える為に………



 あの日から止まったままの、運命の風羽(はね)を再び廻す為に………



 突然の森のざわめきが………



 俺の叫びも………



 あゆの声も………



 かき消して………










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