Poem & Essay
sym_poem&essey_sml


演奏会後記No.1
音に聽く(2000年10月22日/東京・お茶の水/ヴォーリズホール)


 今回の演奏会では、琵琶を三面用いた。以前にも一度だけ横笛の鯉沼廣行氏とのジョイントで三面用いたことがあるので、今回で二度目になる。
 琵琶はほとんどの場合、その場で調弦法を変えて、曲に対応するということができない。プログラムに調弦法やピッチの異なる曲が三曲あれば、琵琶の数も三面必要になる。全く融通の利かない楽器だ。琵琶には一定の規格というものがない。楽器は、それぞれに全長や、駒の位置や高さ、弦と弦との幅等が微妙に異なる。したがって、楽器が違えば弾くときの感覚や、音程が微妙にずれて弾きづらくなる。
 それに第一、準備が大変だ。演奏会前になると弦を新しいものに張り替えるが、太さによって何日前に張り替えるかが異なる。私の場合、一番細い弦で2日前、一番太い弦で最大5日くらい前を目安にしている。これが、琵琶三面となると合計15本にもなるから大変だ。新しいものに替えたら、つぎはサワリを調整する作業がある。単純に計算すると、琵琶一面につき24箇所の調整が必要であるから、三面で72箇所の調整を刃物を使っておこなう。これはとても神経を使う作業なのでとてもくたびれる。残念ながらピアノのような調律師は存在しない。演奏家が自分自身でやらなければ、本当に良いサワリはとれないからだ。
 というわけで、普通、一度に三面も用いることは滅多にしない。今回、こうしたい、ああしたいと理想を求め欲張って、二度目の挑戦をしてみたものの、やはりしんどかった。聴き手にとっては音色の違いや、楽器の姿の違いを楽しめていいと思うが、演奏家にとってはやはり大変な負担であった。
 しかしながら、こうした困難さは聴き手にとって見れば何の関係もない。困難さが見て取れるようであれば、音楽的にも、演奏家としても未熟ということだ。その意味で、今回の演奏会は、私にとっては不本意なものであった。沢山の課題が残った。
(2000.11.16/中村鶴城)