Poem & Essay
何もいらない
──Y・Nさんに捧ぐ
車椅子の老夫人にそそがれる、
菩薩のやさしい眼差(まなざ)し。
その人の姿は──愛(いと)しさ。
母の膝にまどろむ子供が、
その温もりに夢をむさぼるかのような、
ゆったりとした時の流れに包まれ、
眼と眼が、光を交わしていた。
腰をかがめて夫人をいたわり、
枯れ枝のように皺(しわ)んだその指にふれる、
如来のやさしい手。
その人の姿は──慈しみ。
淡雪が陽に溶けて消えゆくときの、
微(かす)かな生命の音に耳をそばだてている、
そんなしずかな時の流れに包まれ、
手と手が、光を交わしていた。
あなたはわたしで、
わたしはあなた。
どんな言葉も、
口を閉じてほほ笑むばかり、
何も、いらない。
その人の姿は──祈り。