琵琶を知る



日本の琵琶の歴史
 
 日本の琵琶の起源は遠く古代ペルシャにまで遡ることができます。アラブのウードやヨーロッパのリュートなどと同じ仲間です。日本にはシルクロードを経由して7、8世紀頃伝えられ、その後の歴史的展開をへて、今日、実に多種多様な五種類の琵琶楽が、それを支える楽器とともに併存しています。
 これまで、通説によれば、日本における琵琶楽は、とという二系統の琵琶を基礎として派生したと説明されてきましたが、近年の究によって、すべて楽琵琶から派生していったことが解明されてきました。
 楽琵琶は雅楽とともに中国(唐時代)から伝えられた琵琶で、管弦合奏の一員として演奏されるものです。当時の楽器が正倉院御物として遺されていることはよく知られています。貴族階級がその担い手でした。のち独奏楽器としても演奏され、《啄木》《流泉》などという秘曲があったとされますが、秘伝として伝承を惜しむうちに、残念ながら途絶えてしまいました。
しかしながら、楽琵琶は雅楽の伝統を伝えてゆく一方で、その世界を飛び出して、別の展開を示し始めます。琵琶を僧侶の格好をして持ち歩き、演奏を生業としていた人々を、いわゆる、と呼びましたが、遅くとも平安時代(10世紀)頃までには出現していたと考えられています。そうした琵琶法師たちが、楽琵琶を用いて物語を弾き語り始めたのです。やがて彼らは、携帯に便利なように楽琵琶を小型化したものを用いるようになり、(駒)の数も楽琵琶より一つ増やしました。こうして、12世紀頃、平家琵琶(専門家の間では単に「平家」と呼称する)が生まれました。語りものとしての琵琶楽の誕生です。今日よく知られる古典文学『平家物語』は、この平家琵琶の語りを、後世の人が筆録してまとめたものです。
 さて、中世の琵琶法師はふつう、座という盲人組織に属し芸能や宗教活動(琵琶を伴奏に経文を唱える等)を行っていました。特に平家琵琶を得意とする座をといい、一方、当道座に属さない琵琶法師もいて九州地方を中心に活動していました。そうした琵琶法師の活動に、やがて時代とともに大きな変化が訪れました。16世紀後半頃、三味線音楽が伝来して大流行すると、琵琶法師たちは平家琵琶から人気のある三味線へと転向していったのです。ところが、当道座と、当道座に属さない座との間で活動権益の衝突が生じてゆきます。その軋轢は、延宝2年(1674)の裁判にまで発展しまた。裁判は、江戸幕府の後ろ盾があった当道座が勝利し、当道座に属さない琵琶法師は、以後三味線を弾くことを一切禁じられます。しかし、これが契機になって新たなる種類の琵琶が誕生することになりました。三味線を弾くことを禁じられた九州地方の琵琶法師たちは、三味線音楽を何とか琵琶で演奏できるよう、従来の平家琵琶を改造し始めたのです。
 平家琵琶の柱は普通五つです(うち一つは「サワリ駒」といってサワリをつけるための専用の柱)。演奏は基本的に、この柱の真上を押さえて弾きますから、柱の数だけの決まった音しか出せません。これでは三味線音楽にうまく対応できません。そこで、彼らは柱の上ではなく、柱と柱の間を押さえて、弦の張力を加減することで自由な音高を出す方法(柱間奏法)を思いつきました。ところが、平家琵琶の柱は大変低いので、強く押し込むと弦が(ネック)に当たって邪魔になります。そこで、柱を高くする工夫をしました。そして彼らはついに、琵琶でもって三味線音楽(浄瑠璃など)を自由に演奏する楽器構造を獲得したのです。こうして三番目の琵琶である盲僧琵琶が生まれました。盲僧琵琶は地域によって異なった展開を示し、大きく薩摩盲僧琵琶と筑前盲僧琵琶にわかれて、それぞれ後の薩摩琵琶、筑前琵琶の基となりました。
 南九州を中心に盛んであった薩摩盲僧琵琶は、やがて晴眼者にも愛好されるようになります。18世紀頃には武士の間に広まり、楽器の改良が行われるとともに、新しい琵琶歌が創られるようになりました。そして、武士がその担い手となることで、必然的に三味線音楽から離れて独自の音楽世界を創り上げ、四番目の琵琶、薩摩琵琶として発展していったと考えられています。薩摩琵琶は、しだいに町民の間にも普及し、さらに明治以後には中央にも進出し、全国に広く知られるようになりました。なお薩摩琵琶の起源については、18世紀末ころまでに、一部の琵琶愛好者の武士たちの間で、島津忠良(室町終わり頃の薩摩名君)によってつくられたという誕生説がうまれ、その伝承と共に、いわゆる「武士の教養音楽」として紹介されるようになったと考えられています。
 五番目の琵琶は筑前琵琶です。筑前琵琶は、薩摩琵琶の隆盛に影響されて、明治の中頃、筑前盲僧琵琶をもととし、薩摩琵琶や三味線音楽の要素を取り入れて創られたものです。薩摩琵琶とともに、大正から昭和の初めにかけてもっとも盛んな時期を迎え、広く庶民に親しまれました。
このように今日まで伝えられた琵琶は、大きくわけて楽琵琶、平家琵琶、盲僧琵琶、薩摩琵琶、筑前琵琶の五種類です。そのなかで今もっともよく演奏されるのは薩摩琵琶と筑前琵琶で、この二つを近代琵琶と呼んでいます。
今日、楽琵琶は雅楽のなかに連綿と受け継がれており、また平家琵琶や盲僧琵琶なども伝承者は極めて少なくなりましたが、今もなお行われています。

注1 平家琵琶以降の琵琶の歴史についての記述は、主に『平家の音楽─当道の伝統』薦田治子、p314-329、2003年、第一書房に拠る。
(中村鶴城・記)