じゅげむ?


2009年 3期





ヒマラヤ杉におくる歌


 このコーナー、ひさしぶりに筆をとります。

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 ここ数ヶ月、散歩コースを変えていたのですが、
一週間ほど前、久しぶりに元の散歩コースを歩いてみました。
このコースの途中に、古い民家があります。
おそらく昭和初期の建物かと思われます。
建てられた当時はきっと、モダンで瀟洒な邸宅として有名だったに違いありません
敷地はそれほど広くないのですが、
その庭全体を覆うかのように、
ヒマラヤ杉の巨木がそそり立っていました。
「いました」と過去形なのは、今はもうその姿を見ることができないからです。

・・・・・その日の夕方、
家内と二人で散歩に出かけ、
 坂を下りながら空を仰ぐと、なにやら記憶に違
(たが)えて明るく広い。
「ん、あれー?・・・・・あっ、ああー、木がない! ヒマラヤ杉がない!」 
あわれ!
あの巨樹が、
根もとから2メートルくらいの所でバッサリと伐られて、
切り株だけが遺っていました。
その無残な姿に、胸が切なくなって涙がこぼれそうになりました。
 伐られていたのはヒマラヤ杉だけではありませんでした。
一人住まいのようであった老爺が、
丹誠込めて手入れしていた椿もサザンカもキョウチクトウも、
下草のススキや笹も、
影かたちすらありません。
家はもう誰も住んでいる気配はなく荒れていました。
老爺の身に何かあったのか、
誰も住まなくなった古い家を取り壊すために、
ヒマラヤ杉の巨木が邪魔だったのでしょう。

民家が建てられる以前から生きていたに違いないヒマラヤ杉。
やむにやまれぬ事情があったのかも知れませんが、
何とも悲しい最期ではありませんか。

 私は二年前の夏、この杉の巨木に感じ入って詩を書きました。

この歌を、
伐られたヒマラヤ杉におくります。




 (あま)そそる巨樹

夏空の
青を突いて
天そそる巨樹
ヒマラヤ杉
その下陰(したかげ)
風が吹き抜ける
(お)い繁る草をなびかせ
生い立つ喬木(きようぼく)をゆらし
ざんざめく声
(はだえ)にふれる香り
巨樹が起すのか
巨樹が呼ぶのか
風はその悦びの証
天に伸びる
天に震える
風が吹く
天そそる巨樹
ヒマラヤ杉


2009/09/28)

追記:その後、同じ場所を訪れましたら、伐り取られたと思い込んでいた椿やキョウチクトウの一部はまだ遺っていました。私の勘違いでした。ヒマラヤ杉がなくなったというショックのあまり、何かしら、すべてがなくなってしまったという錯覚に陥ったのでしょうか? (2009/10/10)