我がカザルス




我がカザルス物語



ある日、
一枚のレコードが
私の音楽観を変え人生を導いた。
チェリスト、
パブロ・カザルス。
《鳥の歌》
その感動は、
三十年以上たった今でも、
私の心をあつくする。


CBSソニーから発売されたアルバム
B面に小品《鳥の歌》が収録されている




鳥の歌

十七歳の晩夏
刻(とき)は昼下がり
私はレコードに針を降ろした
弦楽の序奏が静かに流れる
やがて主題の旋律を
チェロの力強い弓が奏で始める

その瞬間
見えざる何者かが
私の全てを捉えた
大いなる力──
抗(あらが)うべくもない
闖入(ちんにゅう)したその力は
肚(はら)の底方(そこい)の無限の虚空から
マグマのような灼熱で身も心も溶かしながら
沸騰、上昇した
遂にもろとも
破裂、噴火した
私は
砕け散った

立ち上がることができない
茫漠として一時(いっとき)
われを求めて魂魄が彷徨う

夢か──
否!
涙が滝となって流れている
熱い火照(ほて)りが胸底(むなぞこ)に燃えている
声なき声に躰(からだ)が震えている
何者か大いなる存在が
わが魂を丸ごと掴んで揺(ゆ)さぶっているのだ

それは音楽への感激であったか
否! 魂の嗚咽(おえつ)である
それは旋律への感動であったか
否! 魂の号哭(ごうこく)である

もはやその音は
音楽でも旋律でもない
ひびきそのもの
生命そのもの
光そのものであった

魂は
そのひびきに泣いた
その生命に燃えた
その光に震えた

あゝカザルスよ
あなたの奏でる音楽は
音楽を超えていた
あなたの「鳥の歌」は
大いなるひびきとなって
私を呑み込んだのだ

耳で聞いたのではない
魂が聴いたのである
何を聴いたか
ひびきを
生命を
光を
聴いた

そのひびきとは何か
生命とは
光とは

調和
平和


だから
あなたの奏でる音楽は
ある日突然に
私の人生を変えたのである

私はあのとき
実に
音楽ではなく
神の声を聴いたに違いない
その声は鳥になって
あの夏の日の昼下がり
私の心に
確かに飛んできたのだ

その時から
私の瞼には
いつも見える
鳥が飛んでいるのが

そう
白い鳥が飛んでいる
愛を! 
愛を!
平和を! 
平和を!
と歌いながら


(中村鶴城著、詩集『永遠の光』より)




それから三十年後の2005年、
わたしは、縁あって
憧れのスペイン・カタロニア地方、
地中海に面した小さな村、ヴェンドレルを訪れた。
カザルス生誕の地である。


カザルスを記念して建てられたコンサートホール




そのホールのエントランス
カザルスの肖像の前に立つ鶴城




特別の許可を得て舞台で琵琶を弾く。
外光が舞台背面のステンドガラスを通して差し込む。
奏でる楽器は異なれど、
想いはひとつ。



──────カザルスの言葉──────
私はまず第一に人間であって、芸術家であることは第二だ。
人間として、私の責務は同胞の安寧にある。
今後も私は音楽という、神が私に与え給うた手段を通じて、
その責務を果たそうと努めるだろ──なぜなら、
それは言葉や政治や国境を超越したものなのだから。
世界平和への私の貢献など小さなものかもしれないが、
少なくとも、死ぬまでには私が神聖なものと見做している理想のために、
捧げ得るすべてを捧げるつもりだ。
(『写真集 カザルス』、小学館、幾野宏訳、1977より)



私の音楽活動は、
これからもずっと、
カザルスの想いと倶に───